2017年2月、某日某所(スロウガンWhite)。ふたりの男が何やら企て中…。ジーンズ追跡の旅を終え、奇跡のデニム生地を手に入れた男、スロウガン 小林学。そして、メンズファッション界の“いま”を熟知する男、ファッションエディター 山下英介。ジーンズの謎を追った先に見えてきた、ちょうどいいジーンズとは?
小林: 80年代後半、僕はパリに集まってくるアメリカンビンテージやユーロワークの古着を追いかけまわしてました。その後、岡山のデニム工場ではこれでもかってくらいデニムと格闘して、いまでは自分なりのデニムスタイル、そしてジーンズへの理解を深めることができたと思うんです。ホントにデニムとはずいぶん長いつきあいをしてきたわけだけど、1800年代製デニムの色落ちの謎には、心底納得がいかなかった。そこで今回、その謎に挑んでみることにしたんです。
謎解きの経緯は、フィクション仕立てにして「ジーンズ追跡」のエピソードで語ったけれど、つまりは1800年代当時の技術と手作業で、本来ロープ染色の大型装置がないと不可能と思われている中白のデニム生地が実現できるのかというチャレンジだった。このチャレンジには、徳島の工場の、すごい職人たちの力を借りました。それでその結果、思ってもみない展開になった(笑)
山下(英):ジーンズ追跡、ワクワクしながら読みました。小林さんがデニムの染色の違いを「麩菓子」と「かりんとう」に例えていたのが印象的でしたね。アメリカの合理的なモノづくりの精神から生まれたジーンズの謎を、日本の職人の知恵と技で見事に解いてみせた。
謎解きのために徳島の染織工場へ行って、職人たちと相談しながら幾度となく試行錯誤をされたということですが、その過程で思ってもみなかった展開になってしまった。どんな変化があったのですか?
小林: 1800年代のジーンズの謎解きをするためだけだったら、単にアメリカ製のモノづくりをたどればいいわけなんです。しかし、そこは日本のモノづくりをしょってきた職人魂がだまっていなかった。
アメリカのモノづくりの歴史は、大量生産を目指して合理性を突き詰めてきた歴史なんです。一方、日本には、例えば藍染の野良着を何度も染め変えるといった手間や、ずっと使い続けるための工夫の歴史がある。今回の謎解きでも、徳島の職人たちは、合理性を追求するどころか、「おかしい」「こんなのありえない」と、製法を追及していった。
謎解きのために徳島の職人とやりとりする中で、純日本製のモノづくりの技法を再発見することになり…。そして、純日本製のとびきりのインディゴブルー、空と海のデニム生地と出会ってしまったのです。
山下(英):それがこの生地ですね。まさに空と海の青、目を奪われるインディゴブルーです。そしてこの風合い。ふっくらとして、でこぼこがイイ。これも、日本のモノづくりの賜物なのでしょうか。
小林:藍染めは、太古の昔からわれわれ人間が行ってきた技法ですね。今回の染めは、その原始的な染め方と、日本の気候、原料の蓼、そして職人技によるもの。藍染めは、繰り返し染めることで色に深みがでてくるものです。一回目の染めでは黄色にしかなりません。二回目でキミドリ色、それ以上で藍に。このデニム生地は、繰り返し染める手間と技で、またとない発色になりました。
また、織りは年季を積んだシャトル織機で織り上げたものです。この織機がまた、いい仕事をしてくれています。
山下(英):シャトル織機の動画、大迫力でした。あの動力のベルト、しびれますね。シャトル織機と、現代の織機の違いは?
小林:現代の織機は、よくもわるくもきちんと織り上がります。糸の打ち込みを上げてパンパンに織れば、ペーパーライクになります。一方、シャトル織機は、ゆるい状態で織るので糸にストレスがかからない。だからリラックスしたふくよかな仕上がりになる。これが、この生地が独特の風合いを醸し出している秘密なんです。日本のモノづくりの精神を織り込んだ、職人技の粋を集めたデニム生地です。
…つづきは、「“ちょうどいい”ジーンズとは?スロウガン / 小林学とファッションエディター / 山下英介のくわだて【後編】」で!