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STORY

モロッコ・ジュラバ考

モロッコのオジサンたちがみんな着ている民族衣装、ジュラバ。僕がこいつを初めて見たのは、ポルトガルで行われていた民族パレードみたいなお祭りだった。モロッコ代表のオジサンたちがそろって着ていたこの服は、体をすっぽりとおおうそのシルエットが、当時ウミット・ベナンにはまっていた僕にはとてもミステリアスで格好よく見えたものだ。

ただし遠巻きに眺めるだけだったので生地のムードや細かいディテールはよく見えず、真ん中に走っている細い飾りのようなものは、チャックなのかな・・・? という疑問も同時に発生。出張の際にはロンドンやパリのイスラム街を探してみたり、日本にあるモロッコ雑貨屋などもチェックしてみたのだが、結局見つけることはできなかった。実はその数年後にモロッコを旅したのは、このジュラバという謎の服を実際に見てみたかったという目的もけっこう大きいのだ。

果たして到着したモロッコは、まさしくジュラバ天国であった! たまに古い漫画で日本に来た外国人が「サムライがいない」なんて嘆いている話を見るが、マラケシュは僕を裏切らなかった。本物のサムライの集団が浅草の街を闊歩している光景を想像していただきたい。僕の興奮ぶりはそれを見る欧米人と同レベルである!





もちろんマラケシュに到着して速攻で向かったのは、ジュラバの専門店。

相場がわからず2万円程度のぼったくり価格で購入してしまったのは、オフホワイトにベージュのストライプが入ったウール生地のジュラバだった。もっとも気になっていたボディの中央部分には、チャックなどはなく、単なる刺繍による飾り。なんでも無地で飾りもないシンプルなジュラバは、高級品とは見なされないのだとか。いろいろなお店を覗いてみたのだが、マシンメイドとハンドメイド、既製品とビスポークという区別がある点は、スーツに近い感覚であった。



要するに「超ロング丈のプルオーバーパーカ」という趣の服だったジュラバを着て1日街を歩いてみると、想像以上に快適である。

全身をすっぽり包み込んでいるからとても暖かいし、スリにも遭いにくそうで、安心感を与えてくれる。しかもゆったりしたシルエットは着ていることを忘れさせるほど動きやすいし、風が強い日にはフードをかぶり、ポケットに手を突っ込んでしまえば完璧だ。おそらく夏場は強烈な日差しや乾いた熱風から身を守る効果があるのだろう。この北アフリカの地においては、これさえあれば、わざわざ窮屈なジャケットやコートなんてぜんぜん着たくないのである!

そんな自然体でいられる服を着ているからなのか、この国でジュラバを着ているオジサンたちはみんな気取っておらず、実に格好いい。彼らがみんな写真を嫌がるのも、ごく普通に着ているものを、奇異の目で見られたところでハア?ってことであるから、至極納得なのだ。

まあさすがに東京の街で着ようとは僕も思わないけれど、ハワイとかのリゾート地に持って行くと、けっこう便利なんじゃないかなあ。てな具合に僕はこの服に、新しいファッションの可能性を感じてしまったのである。

Eisuke Yamashita

Fashion Editor山下 英介

1976年埼玉県生まれ。大学卒業後いくつかの出版社勤務を経て、2008年からフリーエディターとして活動。創刊時からファッションディレクターとして携わった「MEN’S Precious(小学館)」を、2020年をもって退任。現在は創刊100周年を迎えた月刊誌『文藝春秋』のファッションページを手がけるとともに、2022年1月にWebマガジン『ぼくのおじさん/MON ONCLE(http://www.mononcle.jp)」を創刊、新しいメディアのあり方を模索中。住まいは築50年のマンション、出没地域は神保町や浅草、谷根千。古いものが大好きで、ファッションにおいてもビスポークテーラリング、トラッド、モード、アメリカンカジュアル……。背景にクラシックな文化を感じさせるものなら、なんにでも飛びついてしまうのが悪いくせ。趣味の街歩きをさらに充実させるべく、近年は『ライカM』を入手、旅先での写真撮影に夢中。まだ世界に残された、知られざる名品やファッション文化を伝えるのが夢。