Fit in Passport に登録することで、あなたにフィットした情報や、Fit in Passport 会員限定のお得な情報をお届けします。

ページトップへ

STORY

超絶時計「ウルバン ヤーゲンセン」の価値


幻の時計師ウルバン・ヤーゲンセン

「ウルバン ヤーゲンセン <Urban Jurgensen>」。その名前にピンとくる方は、マニアックな読者が集うAmvaiにおいても、相当、業の深いレベルの数寄者に違いない。なぜならデンマークをルーツにもつ、この時計ブランドの年間製作本数は100本に満たない。入手どころか、日本ではショップで見ることすら困難なのである。
 
目の肥えた時計マニアたちから今最も注目されるこのブランドの歴史は、1773年に遡る。天才時計師ウルバン・ヤーゲンセン氏が、コペンハーゲンに工房を構えたのがその始まりだ。ヨーロッパ各国で修行を重ねた彼の高度な技術は瞬く間に評判となり、ほどなくデンマーク王室御用達の時計師として召し抱えられる。そして海軍のためのマリンクロノメーター (写真)を製作するなど、海洋国家デンマークにおいて、その才能を遺憾なく発揮したのである。


父のウルバン亡き後は息子たちが跡を継ぎ、デンマークとスイスの二カ国で繁栄を誇った「ウルバン ヤーゲンセン」だが、20世紀前半に一族が工房経営から撤退。ブランドは休眠状態に陥ってしまった。
 
一旦は眠りについた名門の歴史に再び時が刻まれ始めたのは、1978年のこと。名うての時計師でありコレクターでもあったペーター・バウムベルガー氏が同社を買収したのがきっかけだ。その歴史と技術に最大限のリスペクトを捧げる彼の手腕によって、「ウルバン ヤーゲンセン」は見事に再生。以来いたずらに規模を拡大することなく、スイスはビエンヌに構えた工房で、嗜好品としての時計を愚直につくり続けている。


そんな「ウルバン ヤーゲンセン」の真骨頂は、なんといっても古典的なケースデザインと、贅を尽くした複雑機構にある。実は創業者のウルバン・ヤーゲンセン氏は、パリの「ブレゲ」で修行をした経験を持つ職人。手彫りによるギョーシェや先端付近にリングを配した時針などにその影響が窺えるのだが、それらのつくり込みは「ブレゲ」を明らかに凌駕している。手作業で彫り込まれたダイヤルや、自社工房で削り出されたゴールド製のリングを備えた針が織りなす陰影は、思わず息を呑むほどに美しい。このゾクッとする感覚は、名工の打った日本刀を見た瞬間と同質だ。


新生「ウルバン ヤーゲンセン」初のラグスポモデル!

2021年春、筆者はそんなマニア垂涎の超絶時計を手に取り、実際に使う機会に恵まれた。そのモデル名は『ワン・コレクション』。従来のクラシックなテイストとはかなり異なった、いわゆるラグジュアリースポーツ=〝ラグスポ〟のジャンルに属する1本だ。2019年に発表されたこちらは、ブランド初のステンレス・スティール製スポーツウォッチだという。


ケース径41㎜、厚み13.8㎜というやや大ぶりなサイズ感と相まって、ぱっと見はかなりモダンなデザインである。クラシックなスーツやヴィンテージウエアを愛する筆者にはなじまないかな?と一瞬思ってしまったのだが、手に取ってすぐ、その固定概念は覆された。

 医療用ステンレスを使ったケースとブレスレットは、曲線のみでデザインされており、実に優雅な印象。サテンと鏡面仕上げのコントラストも相まって、どこか温かみを感じさせる。


波型のギョーシェ彫りで構成された文字盤、さらにリングを配した時針といった意匠の数々には、モダンに解釈されてはいるものの、「ウルバン ヤーゲンセン」の伝統が確実に息づいている。スポーティでありながらも、じっくりと見入ってしまうような有機的な魅力に溢れているのだ。

 だからこそこの時計には、〝ラグスポ〟特有の嫌味さは皆無。イタリア製のシックなビスポークスーツにも、イギリス製のラギッドなヴィテージウエアにもしっくりと似合い、自然なクラス感を与えてくれる、ほかにはない1本なのである。写真は一見ミスマッチとも思われる「バブアー」のオイルドジャケットとのコーディネートだが、意外とマッチしているところが面白い。ちなみにステンレス・スティール製の時計にあまり慣れていない筆者であるが、腕に吸い着くような着け心地にも驚かされた。これは後世に残りうるクラシックだ!


シースルーバックから眺める自社製キャリバーP5も、ローターの外周に22kを配するなど、ダイナミックさの中にエレガンスを湛えた仕上がりで、数寄者には堪らないはず。


このコロナ禍によって、「トレンド」という概念に終止符が打たれたといっても過言ではない2021年。これからの時代はお金では購うことのできない「物語」と圧倒的な「品質」、そのいずれかを備えてたブランドでなくては生き残れない。そして「ウルバン ヤーゲンセン <Urban Jurgensen>」こそは、その双方を併せ持つ稀有なる名品。確かに高価ではあるが、その価値は歴史が証明してくれるだろう。


ウルバン ヤーゲンセン『ワン・コレクション』

モデル/Ref,5541
サイズ/ケース径41㎜、厚さ13.8㎜
ケース素材/ステンレス・スティール
防水性能/120m
ムーブメント/自動巻き(Cal.P5)
パワーリザーブ/72時間
振動数/21,600
価格/4,730,000円

詳細はこちら
https://urban-jurgensen.jp

Eisuke Yamashita

Fashion Editor山下 英介

1976年埼玉県生まれ。大学卒業後いくつかの出版社勤務を経て、2008年からフリーエディターとして活動。創刊時からファッションディレクターとして携わった「MEN’S Precious(小学館)」を、2020年をもって退任。現在は創刊100周年を迎えた月刊誌『文藝春秋』のファッションページを手がけるとともに、2022年1月にWebマガジン『ぼくのおじさん/MON ONCLE(http://www.mononcle.jp)」を創刊、新しいメディアのあり方を模索中。住まいは築50年のマンション、出没地域は神保町や浅草、谷根千。古いものが大好きで、ファッションにおいてもビスポークテーラリング、トラッド、モード、アメリカンカジュアル……。背景にクラシックな文化を感じさせるものなら、なんにでも飛びついてしまうのが悪いくせ。趣味の街歩きをさらに充実させるべく、近年は『ライカM』を入手、旅先での写真撮影に夢中。まだ世界に残された、知られざる名品やファッション文化を伝えるのが夢。