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STORY

ブルー&ホワイト&モア

「ホワイトカラー」という言葉は、アメリカの作家・社会評論家である アップトン・シンクレア(Upton Sinclair) が1919年に著書『The Brass Check』の中で「ホワイトカラー・ワーカー」という表現を使ったのが最初期の例の一つとされている。これは19世紀後半から20世紀初頭において、銀行員・弁護士・官僚などのエリート層は白いシャツを着るのが一般的であったことを指している。一方で「ブルーカラー」という言葉が広まったのは、それより少し後の1920年代 。アメリカの工場労働者や肉体労働者は、汚れが目立ちにくく耐久性のある青い作業着(デニムやシャンブレーシャツ) を着ることが多かったため、「ブルーカラー・ワーカー」と呼ばれるようになったらしい。勿論、ここで言う「カラー」とは「color」ではなく「collar」のことを指す。さて、約100年後の現在はというと(一部の制服・ユニフォームを除き)世界的に「襟無し(カラーレス)化(≒自由化)」が進行しているのだから「襟の色で職種を区別する」という概念自体はすっかり形骸化していると言ってよい。襟の色どころか、着ている洋服からすらも職業を想像しづらい時代になったのだと思う。別に、大金持ちもユニクロ着てるし。ひと昔前、20世紀の中盤くらいまでは「背広(保守)」VS「ブルーデニム(リベラル)」くらいに分かりやすい敵対構図が存在したのだろうから、世論を真っ二つに分けるような議論があらゆる局面で巻き起こりやすく、結果として実にエネルギッシュな時代であったのかもしれない。が、今や巨大な仮想敵を可視化しづらい(特定しづらい)複雑な情報戦の時代なので、世界中の人々はみんな揃って同じような服を着ている割に、SNS上ではお互いの繊細な差異を理由に激しい誹謗中傷の局地戦を繰り広げている。

そして、マルチタスク。僕は「洋服屋の販売員」を25年くらい続けてきたので語弊を恐れずに断言できるのだが「売り場に立ち続ける仕事」とは「ブルーカラー」つまり、労働者サイドの職種である。(本人が綺麗な洋服を着ているので一見すると分かりづらいのだが、実際には)検品もストック作業も棚卸もディスプレイ制作も、圧倒的に肉体労働であった。僕らがメインで行う接客業のほとんどは「自らの肉体性(ルックス等を含む)と知性(テクニックや知識を含む)」を武器に展開するものであったため(店長などの管理職を一部除き)「洋服屋の販売員」と「数字や人間を管理する類いのデスクワーク」は併存しなかったのだ。念のため付け加えておくと、僕はこの「肉体労働=販売員」という職種に誇りを持ち続けていたので(襟の色などまるで関係なく)洋服屋の仕事を四半世紀も続けることができたのだと思っている。心の中ではいつもザ・ブルーハーツの「このまま僕は(らららららら)汗をかいて生きよう」というメロディが鳴っていた。しかし、2010年代の半ばごろから、スマホの普及とともにマルチタスクの大波はやってきた。それまではシンプルな「ブルーカラー」であったはずの販売員も、店頭に立ちながら(かつては代理店やライター、写真家のみが手がけていた)「ホワイトカラー」的な職務(ウェブサイト用の撮影、ブログの投稿、SNSを使ったPR、インサイト分析など)を並走させなければならなくなった。結果として、販売員の襟は水色に染まった。兎が二匹。ともすれば、これはアパレル業界に「器用貧乏ジェネラリスト」を量産する道にも思えるが、しかし、この道の頂点には近い将来(究極の器用ジェネラリストである)AI氏が君臨するだろう。画像生成もブログのテキストもアナリティクスも、彼に任せておけばまず間違いない。ということで、僕の結論は「販売員は自らの肉体性を武器にスペシャリストまで登り詰めた方がよい」と(暫定的に)なる。(知性ではなく)肉体は、人間が持つ最大の特徴である。そして、洋服は人間の肉体に最も至近距離で存在する物質である点も良い。一旦は、このあたりに人間の勝機があるんじゃね?っていう。はい、僕の妄言はここでおしまい。


ということで、高円寺の古着屋「Bon Vieux」のためにNEJIが企画するアイテムの第11弾は、シャンブレー素材のカバーオール。最近では「チョア・ジャケット(chore jacket)」なんて呼び方もあるけれど、一旦はカバーオール。僕個人の経験で言うと、地元熊本で16歳頃に着ていたCarharttのブラウンダックカバーオール(裏地ブランケット付き)が初代。その次は大学一年生の頃、当時住んでいた日吉の古着屋で買ったPointerのデニムカバーオールだったと思う。トラッカージャケット(Gジャン)に比べてカバーオールは「ジャケット的なものを羽織っている感」があるし、特にライトオンスのものは季節感も弱く便利。何なら(インナー使いするなどして)1年中でも着ていたいアイテムだ。今回の企画に向けて、手元にある1960年代USA製のカバーオールを見つめていたところ、ふと「シャツ生地で作れば(夏も含めて)1年中がカバーオール日和じゃない?」と思い立ち、シャンブレー素材のカバーオールを作ることにした。が、せっかくなのでNEJIの回転(ツイスト感の意)をもう少し加えたいと考えていたところ、突然アイデアの稲妻が落ちてきた。付け襟だ。


19世紀のヨーロッパやアメリカでは、シャツは基本的に肌着のようなアイテムだった。当時の洗濯は非常に手間がかる上に襟と袖口は布地への負担も大きかったため、襟だけを取り外して洗濯しやすくするアイデアが生まれたという。つまり、これがデタッチャブルカラー。これはやがて労働者階級の間で「襟と袖口だけを白い布で交換可能なデザイン」へと発展し、特に清潔感を重視する聖職者が「白い襟」を好んだようで、結果的に「クレリック(聖職者)シャツ」という名前が定着したと言われている。が、きっと諸説あると思うので、NEJI的にこの辺りの(どこかで聞いたことがあるような)物語は大して重要視していない。「ブルーカラー」の象徴ともいえるカバーオール、その襟が「ホワイトカラー」に付け替えられるとしたらどうだろう。2025年。マルチタスク。器用貧乏。副業OK。ちゅ、多様性。いや、全然そんなんじゃなくて、汗をかいて生きよう。ららららららら。







青シャンブレーと白シャンブレーがコンバーチブル仕様になった襟。ということは、どういうことか?もう、お分かりになりますね?「襟、はずせるんなら、襟、付けなくてもいいじゃない」


はい、ご名答。このカバーオールは襟を付けずにバンドカラーとして着用しても抜群にカッコいい。ということで、合計3WAY。いや、結局のところ、一番お気に入りの1パターンで着倒すに決まっている。しかし、しかしですよ。僕だって年がら年中、こんな観念的なコラムばかりを書いていたら流石にイヤんなっちゃう。人と会いたい。生地も触りたい。肉体的でありたい。だから、たまには襟くらい付け替えてみたっていいじゃないか!


今回のイメージルックでは、二人の現役販売員にモデルを務めてもらった。竹井くんと半澤くん。彼らのような販売員が奮闘してくれているのならば、洋服屋の店頭はまだまだ楽しい。ウエスタンブーツ、トレンチコート、ホワイトデニム、そしてネクタイ。それぞれのルーツや居場所に囚われず、襟の色に囚われず、時代に囚われない。問題なのは器用・不器用などではない。毎日を「精神的に貧しくなく」生きていられるかどうかだと思う。現代人の揺らぎに優しく寄り添うような傑作カバーオールができました。実際のところ、ほとんどシャツ感覚なので、真夏にも優しいですよ。

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【NEJI pour Bon Vieux 3 collar chambray cover-all】
MODELS:Yusuke Takei、Mikinari Hanzawa
STYLING/DIRECTION/PHOTOGRAPHY:NEJI

※NEJI pour Bon Vieuxの3 collar cover-allは2025年4月5日(土)に高円寺・Bon Vieuxにて発売予定
Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。