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STORY

半袖のブルース

もはや昭和言葉の類に入りそうな「ワイシャツ」って言葉の語源は「White Shirt」だとか、そうじゃないとか…。諸説ありそうなモノゴトの起源については突っ込まない(あんまり興味がない)、でおなじみの鶴田だけど、今回はあるアイテムについてちょっと考えてみた。それは「半袖ワイシャツ」。そもそもシャツは下着。当然、下着は体を包む/守るものだから「シャツの正統は長袖」ってことになる。では「半袖ワイシャツ」、なんともいえない間抜け面をしたこのアイテムはいったい何処からやってきたのか?「フォーマルやビジネスのシーンでは不向き」と、服飾評論家もどきからも長らく蔑視されてきたこのアイテムはいったい何処で生まれたのか?きっと、というかゼッタイに、彼(?)の母親は「機能性」だろうと思う。だって、夏はアッチいじゃん。

Googleでちょっと調べたら、答えはすぐに出てきた。第一次世界大戦ごろ、熱帯や温暖地での任務に対応するために長袖の軍用シャツの袖をカットした「ショートスリーブシャツ」が生まれたらしい。勿論、そんな合理的なことを考えるのはアメリカ軍。キューバやプエルトリコを攻めた米西戦争(Spanish-American War, 1898)、フィリピン=アメリカ戦争(1899–1902)あたりでは、亜熱帯にもかかわらずウール製の長袖軍服を着ていたせいで熱中症や疫病による大量の死者を出した。米西戦争後、アメリカ陸軍は本格的にカーキ色のコットン制服を導入し始めるが、この時点でも、まだシャツは長袖。現地の兵士たちは「自己判断で」袖まくりをしたり、袖を切って(DIY)半袖化する例も多かったという。つまり、公式ではないDIYが先行、それを追うかたちで軍が「正式に支給」を始めるパターンだった。「自分、暑いであります!サー!」「ふざけるな!気合いで乗り越えろ!」とか言ってた上官も、結局暑かったわけね。で、ひとたび軍モノ(作業着やスポーツウェアも、そうね)として導入されてしまえば、あっという間にシティファッションの人気者になってしまうのは(チノパンやジーンズやスウェットの例を挙げるまでもなく)世の常。第二次世界大戦後、1950年代のアメリカ。アイビーリーガーの間で「ボタン・ダウンの半袖シャツ」がカジュアルスタイルとして大流行した。「手のひら返しのスピードが速すぎて、いま、ちょっと風が来たであります!自分、涼しいであります!サー!」

一方で、日本。高度経済成長期に「半袖ワイシャツ」は夏場の通勤服としてサラリーマンに取り入れられ始めたけれど、これはもう、なんというか「サラリーマンの悲哀の象徴」そのもの。アイビーリーガーが着ていた「ボタン・ダウン」とは異なり「ワイシャツの袖を短くしただけ」という中途半端さが災いしてか、夏場の満員電車に揺られてがむしゃらに頑張るお父さん、というダサいイメージでしか語られない。「半袖ワイシャツ」「ネクタイ」「グレーのズボン」=昭和のサラリーマン=カッコ悪い。なんだか世の中、オジサン差別が過ぎやしませんか?と、自分がオジサンになってから思う。パーカを着て笑われ、半袖シャツを着て笑われる。しかし、まぁ、各世代の若人が言わんとしていることはなんとなくワカル。1950年代、本場のアイビーリーガーは文武両道のエリートたち。半袖から覗く二の腕だって筋骨隆々で逞しい。一方、こちらは新橋SL広場。毎日毎日上司と取引先の間で揉まれ過ぎて、オジサンの腕にはもはや覇気なし。ワンカップ酒くらいしか持ち上げることができない。泳げない、たいやきくん。ってことは、結局、半袖シャツは半ズボンと同様に、マッチョ・エリートだけのもの???いや!違う!そんなはずはない!40代(自称文系)を代表して、ここはひとつ抗ってみるNEJI。

2025年夏、高円寺「Bon Vieux」のために、NEJIは「半袖ワイシャツ」を企画した。












もう、ほとんど亜熱帯みたいな日本の夏。フィリピン諸島の酷暑の中で苦り切った顔をしながらシャツの袖をカットオフするアメリカ兵の苦難や団塊世代のペーソスに共感したわけではないけれど、夏が暑いのはNEJIも大島氏も同じ。「なんか、もう思いっきり合理的な、Bon Vieuxのお客さんが職場に着ていくこともできるくらい『普通』の半袖シャツを作ってみましょうか」という話になった。5年前くらいに当コラムで「伊達眼鏡」の話として書いたけれど、おそらく二人の頭の中には洋書「JOCK and NERDS」に出てくるオタクスタイルの残像があったと思う。ペンは剣よりも強し。マッチョに対して一歩も譲らないNERD君。一歩間違わなくても「昭和のサラリーマン」と揶揄されがちな「半袖ワイシャツ」のダサさを、オタクファッションへ転化させることができれば面白いかも。どうせだったら、タイドアップコーディネートも積極的に提案したい。SL広場から聞こえる、サラリーマン哀歌。しかし、この哀歌が加速していくと何が生まれるか?もう、皆様お分かりですね。ブルースが加速すると、パンクになります。








安直なアイビースタイルへ逃げないために襟型はレギュラーカラー(ワイシャツ感満点)一択、袖口にはターンナップカフが付いている。素材は思い切ってポリエステル63%(他、レーヨン×コットン×ポリウレタン)を選んだ。つまり、ドライタッチだし、汗をかいてもすぐ乾くし、ストレスで立ち食いそばを食い過ぎて多少腹が出てしまったとしても生地自体が微・ストレッチする。さらに機能を追求した結果、蓋つきの胸ポケットをオン。実にアメリカンだ。これは、もう職場に着ていくしかない。いや、こんなに合理的で機能的で普遍的なシャツならば、いっそ街でも着てしまおう。休みの日でもネクタイを巻いてみよう。いや、そもそも「夏でもネクタイを巻きたい」から、この「半袖ワイシャツ」を企画したんだっけ?どうだったかな?ほら、だんだんとブルースが加速してきた。満員電車も怖くない。トレイン、トレイン、走って行け。そうそう、個人的に袖をカットオフしたホワイトシャツといえば、パティ・スミスを思い出す。ロバート・メイプルソープが撮影した「HORSES」のアルバムジャケットが眩しい。

シャツに付与されていた社会性。兵士として生きるためのDIY。文脈の改変。二者択一の罠。規律、逸脱、反骨。静かなる抵抗が、やがて詩に変わる。今年の夏は、ほんの少しだけ過ごしやすくなるかもしれない。








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【NEJI pour Bon Vieux SHORT SLEEVE SHIRT】
高円寺「Bon Vieux」のためにNEJIが企画するアイテムの第14弾はアメリカナイズされた「半袖ワイシャツ」。合理的な素材、制服ライクな中立性、ニュートラルな顔の裏に隠された反骨精神。職場の誰からも見破られないような形で自らのプリンシプルを貫きたい、夏でもタイドアップを楽しんでみたい、すべての天邪鬼に捧げる「半袖ワイシャツ」は2025年6月21日(土)に高円寺「Bon Vieux」で発売予定。というか、ややこしい精神性は抜きにしても、絶妙で最高なバランスの半袖シャツが出来上がりました。特に襟型は必見です。

MODEL: SHOJI FUKAYA
PHOTOGRAPHY: NEJI
STYLING/DIRECTION: NEJI

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。