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STORY

WOOLRICH No.13 HUNTING VEST

「ペンシルバニア タキシード」

久安邦明(Q)さんの本を読み終え、ペンシルバニア州では、昔からハンティングが盛んで、冬場の社交界では、この狩猟服の上下のセットでパーティーでのフォーマルウェアとして認められていたというから驚きでした。
同時にウールリッチ社と工場で働く従業員の方々、そして地元のハンターの方々には、そのネーミングがとても誇らしい表現だったのではないか、と当時を想像しています。

▲『ウールリッチと私』

503ハンティングコート企画の最中に、次に続くアイテムはハンティングベストと決めていました。

▲昨年は、雑誌Beginで503ハンティングコートを紹介していただきました

ハンティングコートとハンティングトラウザーで完結すると思っていた、ペンシルバニア タキシードには、ベストは含まれていたのか?
503のインナーに13ベストというレイヤードが、ハンターの方々には一般的だったのか?という疑問が湧き出たからです。

しかし、手元にあるWOOLRICH社の資料や、FIELD&STREAMやOUTDOOR MAGAZINEなど1950年代のアメリカの古い雑誌を見返しても、赤黒チェックのジャケットのインナーに赤黒ベストを着用しているイラストや写真を確認することは出来ませんでした。赤黒ベストをシャツの上に着用しているイラスト、写真さえ見つけ出す事が出来ませんでした。
1940年代に13ベストは生産を終了していたから仕方がないのですが……。

▲今年の6月にarch札幌店で開催されたイベント

少し話は逸れますが、英国人ハーディー・エイミス氏は自身の著書『イギリスの紳士服』でベスト(ウエストコート)の事をこう記しています。

1920年代、ベルトを付ける新しい習慣が始まったが、ブレース(サスペンダー)の役割も終わっていなかった。ベルトはウエストの下まで下がり、ウエストコートとトラウザーズの間に隙間ができた。そこで、ブレースの再びのお役目となったのである。スーツに対するシングルのジャケットの強烈な巻き返し、ブレースの為のズボンのデザインもあり、ウエストコートの再登場となった。ウエストコートがあれば、夜には華やかになり、昼は胸の締めつけにもなる。またカジュアルな服装の部分として、ウエストコートだけでも自立できるものだ。俗っぽく日常的にもなりうるが、一方エレガントな一面ももっているのである。鎖時計をつけるのもぴったりだ。(ブレース=ブレイシス、ズボン=トラウザー)

ここで注目すべきは、ブレースの為のトラウザーのデザインからベスト(ウエストコート)の再登場と鎖時計(ポケットウオッチ)について。

ブレースの為のデザインには、ウエストの位置がハイバック(腰部分が腹部より高い位置にある)であったりブレースを取り付ける為のボタンも含まれるとすると、503ハンティングコートのボトム(ハンティングトラウザー)にはその為のボタンを確認できました。

Qさんの著書からは、ウールリッチ社が鉄道員の為のベスト(レイルロードベスト)を生産していた事、近くのランカスター創業のハミルトン時計が鉄道員用の鎖時計を作っていた事も確認できます。
レイルロードベストのポケットデザインが、ハンティングベストのポケットデザインに繋がっていく事も掲載されている写真から見てとれます。

ブレース自体を見せる事がタブーだった時代を考えると、ベストでその存在を隠す着用方法は自然だったのかもしれません。
立ったリしゃがんだりする事が多いであろうハンターの事を考えると、ベルトよりブレースでトラウザーを吊っておいたほうがアンダーウェアーやシャツが見えたり、はだけたりする事が少なかった筈です。

以上の事から、ベストの存在自体がウールリッチ社の歴史の中でも時代背景と機能性を考えた重要なアイテムだったのではないでしょうか。

長々と書きましたが、結局「ペンシルバニア タキシード」にベストが含まれていたか?3ピーススーツのような着用がされていたかは不明のままです。
アメリカに季節というものが存在するならば、ジャケットを着用するほど寒くない時に着用されていた、もしくはそのような提案を行っていたのではないか、という結論で考察を終えたいと思います。

*余談*
この考察をしながら、キャンバス生地のハンティングジャケットやハンティングベストのように、薬莢を入れる為のポケットが無いのにハンティングコートやベストなのか? という素朴な疑問が浮かび上がってきました。
薬莢を入れるケースをポケットに収納していたのか? 薬莢はバッグの中だったのか?
ペンシルバニア タキシードに身を包んだ地元のハンターの方々に聞いてみたいですね。


以下はウールリッチジャパン社の資料より確認できた関連モデルの生産時期です。

1900?年:No 13、113生産中
1935年:No.12(フロントzip)生産中
1949年:No.13 生産終了
1953〜54年:No.111(袖ブラックカラーニット?付)
1955〜59年:No.15 (リバーシブルzip、中綿)
1959年:No.113(袖ベージュカラー付)生産終了
1963年:No.12 (フロントzip)生産終了


先日インスタグラムに、尾州の機屋さんで赤黒ハンティングチェックを織るシャットル織機が稼働している動画をアップしたところ、WAREHOUSE広報の藤木さんより、以下のようなメッセージが届きました。

いま、柄が織られている動画を見て思い出したのですが、世界恐慌あとのニューディール政策のひとつで作られた復興支援事業のひとつに市民保全部隊(Civilian Conservation Corps)があります。
失業した青少年だけを集めて、森林伐採やダム建設、灌漑などをキャンプ作業させた部隊で陸軍の傘下に入っていたので、作業着が陸軍の型落ち品を支給されていました。
しかし、当初は軍隊に入れられるイメージを若者が嫌うことを考え、防寒着にバッファロープレイドを使ったとあります。
かたちはマッキノーの襟にショート丈のコサック型。イタリアでいうドライブジャケットみたいな型です。これが足りなくなり、オリーブカラーウールのA1が後継したそうです。
バッファロープレイドが、いかにメンズウェアとして知られていたかがわかるエピソードですよね。
ちなみにそのアウターはランバージャックといわれていたそうです。

このメッセージに震えたので、許可をいただきここに記します。
藤木さん、歴史を掘り下げたミリタリーとウール素材の関係性の話をメッセージいただきありがとうございました。
A1ジャケットを着用した男性を描いたノーマンロックウェルの話を思い出しましたよ。

WOOLRICH No.13 HUNTING VEST

ウールリッチ社を代表するハンティングベスト(品番13)は、同社の資料では1900年頃より1949年頃まで生産されていたようです。

袖付きのベスト(品番113)が1959年頃まで生産されていた事を考えると、当時の需要は袖付きベストの方が高かったと推測します。1950年代になるとダウンベストが他社から販売され始めた事もウール製ベストが姿を消す要因だったのかもしれません。

約50年間という限られた期間にしか存在しなかったハンティングベストを、今回もアーカイブを解析しながら日本製で復刻リリースしました。

サイズ展開 38、40、42
店頭価格 ¥49,500(税込)


世界3大毛織産地である尾州で完全復刻した30oz WOOLハンティングチェックは、シャットル織機で糸の膨らみは残しながら、織機の力強さによって高密度で重厚に仕上がっています。




オリジナルを忠実に再現した鉄素材(通常はアルミ)の刻印入りドットボタンを金型から作成しました。


金属製の尾錠は、当時の雰囲気を再現する為に金型から作製した鉄製、微妙な色と質感を出すために色調合した塗装仕上げ。

サイズスペックやディテールは、当時のアーカイブをほぼ忠実に再現していますが、アーカイブによく見られる経年変化と縮みと着やすさを考慮し着丈のみ約1インチ長く設定しています。


品番、サイズネームは当時の大量生産に見られる均一では無いプリントを再現する為にひとつひとつ手作業でスタンプしています。


退色前のオリジナルカラーで糸染めし、1950年代のアーカイブの織ネームをコットンレーヨンで再現しました。


身頃の肩線と脇線はアーカイブ同様にジャージ(カットソー)の縫製方法を再現しました。2本針による平面縫製の為、縫い目裏側のごろつきが無くストレスが軽減されます。

今回のNo.13 HUNTING VESTを“ほぼ忠実に再現した”ことにより現代のハイテクとは異なる、当時と同様かそれ以上の熱意と各社の多大なご協力によって作られたマテリアルを使用しています。昨シーズンリリースしたNo.503 HUNTING JACKET同様にエイジングを楽しみながら「末永く愛用品と付き合う」スタンスを我々は提案したいと思います。

Kenichi Kusano

KENNETH FIELD Designer草野 健一

1969年熊本生まれ。ビームス プラスのディレクターを務めたのち、2012年より自身のブランド「KENNETH FIELD™(ケネス フィールド)」を始動。「For NEW TRADITIONALIST」をコンセプトに、アメリカントラディショナルを多角的にアップデートしたアイテムを提案する。2014年まで「バラクータ ブルーレーベル」のデザインを担当。2014年には「ルウオモヴォーグ」と「 GQイタリア」が主催する新人デザイナー「THE LATEST FASHION BUZZ」に選出される。