38度という灼熱地獄、しかも観光客しかいない土日のブダペストで「やっぱこういう場所は冬のほうが雰囲気出るな……」とこの旅をちょっとだけ後悔した僕だったが、大きな収穫もあった。靴工房VASS(ヴァーシュ)との出合いである。
靴ヲタの方ならご存知かもしれないが、ブダペストは知る人ぞ知る紳士靴のメッカであり、その古色蒼然とした製靴法とフォルムは「ブダペストスタイル」と呼ばれ珍重されている。その中でもこのVASSは、群を抜いた実力で知られる存在なのだ。
今回、偶然フィレンツェで出会った関係者の導きで、その工場を見学させてもらうことになった。片言の英語を話せるのが三代目のピーターくんだけという状況で、あまり詳しいインタビューはできなかったのだが、この工場でどんなものづくりがされているかは、写真を見ていただければわかるだろう。まあ、僕が知り得たことは、以下のようなものだ。
●家族経営でだいたい30人程度の工員が働いている
●既製靴もビスポークも、まったく同じハンドソーンの工程でつくられている


●ソールの研磨用グラインダー以外、工場に機械は置いていない(アッパーのステッチは外注によるもの)

●祖父のラズロ・ヴァーシュ氏はブダペストの名士で、紳士靴にまつわる著書もあり(日本語訳もあり)
●ハンガリーではいい革を生産するのが困難なため、基本的には海外から革を仕入れている
●工場、とっても清潔
●職人の皆さん、全員めちゃくちゃいい人

●やたらとヌードピンナップが飾られている
そんな、実に牧歌的な空気が流れる工房を出たその足で、ブダペスト中心地にあるVASSのショップに直行した僕。サイズの展開はそれほど豊富ではないのだが、なんとこちらはアップチャージなしでパターンオーダーが可能とのこと。そもそもハンドソーンの靴としては圧倒的に安価な上(専用シューツリー付きでロブやグリーンの半額以下)、納期は1ヶ月程度ときたら、これはもう注文しない理由はないだろう。

というわけできっちり1ヶ月後に、フェデックスによって手元に届いたのがこちら。

ラストは日本ではなぜか入手困難となっている、サイドウォールがほぼ垂直に立ち上がったブダペストラスト。デザインはプレーントゥ。レザーはイタリア製ボックスカーフと、ドイツはJRのオークバークソール……。それは僕の小さくて幅広な足にぴったりの、無骨で愛らしい1足だった。
この靴を履いて、冬の中欧をもう一度旅してみたい。気分は変わるかな?


















