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STORY

ホワイトシャツ

シンプルな白いシャツをカッコよく作るブランドに、悪いものはない、というのは僕の持論だ。JIL SANDER、Carol Christian Poell、Margaret Howell、Martin Margiela…。
白いシャツをハイファッションアイテムとして初めて意識したのは16か17歳の頃だったと思う。ペラペラと頁をめくっていた某ファッション誌の丸々1ページに一枚の白シャツが大きく載っていた。クレジットにはComme des Garçonsと書いてあり、熊本の田舎少年がギャルソンを認識した瞬間もまた、その時だったのだ。その白いシャツはたっぷりとしたシルエット、ボディに対して物凄く小さな襟、そしてシワシワのブロード素材だった。なんでもブランドの黎明期から毎シーズン変わらず作られているもので、リリースされた1980年代当時は(本来フォーマルなアイテムである)白いシャツに洗いをかけてシワのままで売るということが前例のないアヴァンギャルドであった、というテキストがいまも印象に残っている。2年後、18歳の夏に件のシャツを購入した僕は、一番上までボタンを留めたシワシワの白いブロードクロスをたっぷりと風になびかせながら、大学のキャンパスを闊歩していた。

 5年前の2015年に僕は初めて白いシャツを企画した。レーベルのテーラード/ドレスアイテム群を一新させるべく、スーツ・ネクタイ・ドレスソックスの商品企画を始めた頃だった。スーツに関しては、構築的なショルダーライン、AMFステッチ無しのややナローなラペル、ボタン位置低めの2B、ヒップが隠れる着丈の長さ…などをデザインの中核に据えていた。また、当時は高くて水平に近いのが当たり前だったゴージラインの位置や角度は個人的な好みでどうしても下向きに振りたかった。そのゴージの角度とシャツの衿が平行に揃っている方がよいと思っていたので、ローゴージのスーツに合わせて企画したシャツの衿型は当然、レギュラーカラー。世の中のシャツ売り場を見渡してもワイドスプレッド~カッタウェイ以外の襟型を探すのは困難で(それはスーツがハイゴージな時代だから当たり前なのだけれど)、2015年時点でレギュラーカラーのドレスシャツは(一部のシニア向けを除き)ファッション的に見向きもされない状態。セールス的には多少の心配もあったが、ディレクターが賛同してくれたこともあり、企画を実現へ向けてハンドリングし始めた。

スタッフの私物(イギリス、ナポリ、国産問わず)を幾つも持ち寄って、衿羽根の長さや角度、ステッチ幅、タイスペースの広さについて企画チームでしつこく議論した。国内屈指の優良シャツメーカーのKさんと商談を繰り返し二度のサンプル修正を経て、完成したのが上の写真にある衿型。ボディの仕様は僕が20代の頃に何着も買って愛用していたイギリスのシャツメーカーを手本にして、フライフロントや3ボタンのスクエアカフスを採用。ヨーク下はサイドプリーツで背ダーツは無し。90年代Helmut Langのようなモード仕立てにも、クラシックな英国仕立てにも見える一着が完成した。僕自身、ビスポークのスーツにもモードなカーディガンにも合わせて楽しんでいる。蓋を開けてみるとセールスも上々。5年経った今もシーズンごとに生地を乗せ換えながら継続しているモデルになっている。不思議なことに、このシャツの企画から3年もすると世の中ではレギュラーカラーのシャツは徐々に増え出し、スーツのゴージ位置は段々と下がってきた。以上、今見ると当たり前に感じるこのシャツもケッコー苦労して作ったんスよ、という話でした。

ちなみに毎シーズン必ず展開している白無地。ファーストシーズンのものがさすがに随分とくたびれてきたので、先日買い直した。毎回Tomas Mason社のスワッチから100~120/2のブロードやロイヤルツイルを選んできたのだが、今回初めて120/3つまり120番の三子糸をチョイスした。2本の糸を撚り合わせて作った糸を双糸(そうし)、3本を三子糸(みこいと)という。流石にTomas Masonの三子糸はみっちりと詰まっている感じがして、抜群のハリと安定感。昔買ったTurnbull&Asserのポプリンにも引けを取らない、実にシャツらしい着心地。うーん、これはもう、ある意味で上代14,000円のシャツとしては完成しちゃったんじゃないかな?と思いつつ「そろそろ、もっとロングポイントにしてみてもいいかも」なんて考える自分がいたりして。新・定番を作るための追求は、飽くなき冒険心と好奇心が原動力なのである。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。