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STORY

モロッコ、すべてが変わる前に



現在、早朝のマラケシュでこの原稿を書いている。モロッコを訪れるのはこれで3回目。僕にとってプライベートな海外旅行ができるチャンスは年に1〜2回。そしてウズベキスタン、エチオピア、キューバ、スペインなど、行きたい国はまだまだたくさんある。なのにそれらの国をほっぽらかしてついモロッコに行ってしまう理由とは、ひとえに洋服好きとしての病のようなものだろう。

東京の街を歩いていると、最近めっきり〝ダサい人〟とか〝ダサい服〟みたいなものが、姿を消してしまったような気がしてならない。建物だって同じだ。作り手側にも、受け取る側にも情報が行き渡り、すべての表現が編集され、こなれてしまった現代。それを「洗練」と解釈することもできるのだけれど、僕は文化が退潮していく兆しに思えてしまう。このままいくと十年後くらいには、東京もパリもミラノも、同じ服を着た若者たちとサードウェーブコーヒー屋、そして大手ディベロッパーが手がけた商業施設に占拠されているのでは?と。


だからこそ、情報に侵されきっていない、編集されきっていないモロッコの〝荒削りの美意識〟みたいなものが、今とても僕の心に響く。ジュラバといわれる鼠小僧のような民族衣装や、いわゆるサルエルパンツの原型のようなズボン、ラクダの革でつくったバブーシュ、トゥアレグ族やベルベル族がつくったシルバージュエリー、素朴なカーペット、そしてかわるがわる目に飛び込んでくる原色の数々・・・! よーく見るとそれらは全て不揃いで、粗もいっぱいあるのだけれど、決してあざとくはない。情報を大量に摂取し、加工することにちょっと疲れ気味の僕にとって、この国のピュアさは心に瞬時に染みわたり、濃厚な栄養となるのだ。僕が名前を出すのもおこがましいが、あのイヴ・サンローランもそんな魅力に惹かれ、マラケシュに家を持ったにちがいない。

ともあれそんなモロッコにも情報の洪水は押し寄せており、若者にとっての憧れはディーゼルのジーンズだという。すべてが変わってしまう前に、少しでもたくさん、この国の美しさを目に焼き付けておきたい。
Eisuke Yamashita

Fashion Editor山下 英介

1976年埼玉県生まれ。大学卒業後いくつかの出版社勤務を経て、2008年からフリーエディターとして活動。創刊時からファッションディレクターとして携わった「MEN’S Precious(小学館)」を、2020年をもって退任。現在は創刊100周年を迎えた月刊誌『文藝春秋』のファッションページを手がけるとともに、2022年1月にWebマガジン『ぼくのおじさん/MON ONCLE(http://www.mononcle.jp)」を創刊、新しいメディアのあり方を模索中。住まいは築50年のマンション、出没地域は神保町や浅草、谷根千。古いものが大好きで、ファッションにおいてもビスポークテーラリング、トラッド、モード、アメリカンカジュアル……。背景にクラシックな文化を感じさせるものなら、なんにでも飛びついてしまうのが悪いくせ。趣味の街歩きをさらに充実させるべく、近年は『ライカM』を入手、旅先での写真撮影に夢中。まだ世界に残された、知られざる名品やファッション文化を伝えるのが夢。