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STORY

理想の週末、理想の食堂

校了作業が終わった金曜日深夜。僕のカングーは決まって浅草・観音裏へと向かう。最近このエリアに続々と開店している洒落たビストロでしっぽり一杯・・・にも憧れるのだけれど、下戸だしクルマなもので、僕の場合は4時までやってる喫茶店「ロッジ赤石」。ふつう深夜喫茶というと荒んでブルージーなムードが漂うものだが、こちらはもうAM2時になろうというのに、不思議と静謐なムードが店内を包み込み、お客さんも総じてお行儀がいい。それはマスター夫妻の下町っぽい「言うことは言う」接客スタイルによるものと、「喫茶店の固定概念を超越した料理の美味さ」という、ふたつの理由が考えられる。こちらの洋食メニューはどれもハイレベルなのだが、僕が頼むのは絶対に「ミックスピザ」。生地の厚み、クリスピー感、上に乗ったチーズのコクといい、こいつは間違いなく東京屈指。一番手間のかかるメニューだという話だが、絶対になくしていただきたくないものだ。

「ロッジ赤石」のミックスピザ。カレーも美味。

4時帰宅、12時の起床後は、いそいそと着替えて江戸川橋の工場地帯にある「キッチンタロー」へ。今時珍しい絵に描いたような街場の定食屋なのだが、こちらの揚げ物・・・なかでもカツカレーは最強である。写真の黄褐色の物体をご覧になればその実力は推し量れると思うが、ウスターソースをドボドボとかけたときの旨味は、そのさらに上をいく、「ブラックカレー」ばりの中毒性の高さ。真っ白なランニング姿でリズミカルにフライパンを揺らす老店主の姿は、いつか写真に収めたいものである。

「キッチンタロー」の外観。店はボロいが暖簾はまっさら。

「キッチンタロー」のカツカレー680円。給食のそれを思わせる色味が泣かせる。

銀座界隈でカメラ店やビスポーク店、喫茶店などをはしごした後は、妻と待ち合わせて再び浅草へ。洋食2連チャンで若干胃がもたれ気味なので、今度は寿司だ。名店ひしめくこのエリアのなかで、僕が一番好きなのは創業100年を超える老舗「紀文寿司」。雷門のすぐ近くという好立地と味にも定評がありながら、そのお世辞にも清潔とは言い難いディープな店構えと、無愛想な接客で観光客やカップルの入店を拒む、隠れた名店である。こちらで供される寿司は、すべてに職人の仕事が施された江戸前クラシコ。値段は中くらいといったところだが、こちらのアナゴや蛤、墨イカあたりを食べてしまったら、銀座や六本木の高級店なんて行く気にならない。

浅草「紀文寿司」。カップルにはオススメしないが味は絶品。

これが僕の理想の週末。列挙してみるとどのお店も「無音」であることに気がつく。飾り気がなくて、ニュートラルな気持ちになれるレストランが好きだ。

Eisuke Yamashita

Fashion Editor山下 英介

1976年埼玉県生まれ。大学卒業後いくつかの出版社勤務を経て、2008年からフリーエディターとして活動。創刊時からファッションディレクターとして携わった「MEN’S Precious(小学館)」を、2020年をもって退任。現在は創刊100周年を迎えた月刊誌『文藝春秋』のファッションページを手がけるとともに、2022年1月にWebマガジン『ぼくのおじさん/MON ONCLE(http://www.mononcle.jp)」を創刊、新しいメディアのあり方を模索中。住まいは築50年のマンション、出没地域は神保町や浅草、谷根千。古いものが大好きで、ファッションにおいてもビスポークテーラリング、トラッド、モード、アメリカンカジュアル……。背景にクラシックな文化を感じさせるものなら、なんにでも飛びついてしまうのが悪いくせ。趣味の街歩きをさらに充実させるべく、近年は『ライカM』を入手、旅先での写真撮影に夢中。まだ世界に残された、知られざる名品やファッション文化を伝えるのが夢。