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STORY

リベンジ・オブ・ザ・月島・コネクション



眼鏡を失くした。しかも立て続けにふたつ。

僕が酒に酔ってモノを失くすのは今に始まったことではない。昨年は買ったばかりのトゥアレグ族12連リングを、一昨年はフランス製のレザーグローブをそれぞれ失くしている。あ、そうそうビーズネックレスも一時期紛失していた。なんか、このコラムで紹介したものほど、ことごとく失くしているような…(苦笑)。ともかく、それらは無事に見つかったのだ。ある時は遺失物預かりセンターで、またある時は衣装部屋の隅っこで。12連リングに至っては買い直した直後に最初のが見つかったので、現在ふたつも手元にある。

しかし、今回失くした眼鏡はみつからない。ひとつは、毎日のようにかけていたMATSUDAの10601H。もうひとつは夏にレンズを入れ換えたばかりだったPRADAのサングラス。ぁあ、もー、やだなー。

在りし日の10601H。

とか、部屋の隅っこで体育座りしながらグズグズ言っても仕方ないので、潔く買い直すことにした。とはいえ、PRADAの方は2012秋冬コレクションのものなので、中古でも同じものは滅多に見つからない。MATSUDAはMATSUDAで、月島・DOWNTOWN MEGANEの原さんに連絡してみたところ10601Hはブランドのアイコン的人気モデルなので、しばらく欠品中とのこと。

とりあえずPRADAの雪辱を晴らすべく、代替品としてYOHJI YAMAMOTO(2019コレクション、YY7023)のサングラスを中古で入手した。フランス製のゴールドフレームにブラウンのレンズが付いている。かなりカッコ良くて満足だったが、やっぱりPRADAと同じようにグリーンレンズに入れ換えたい。11月からぼんやりとそう思っていたら、12月上旬に原さんから連絡があった。

「鶴田さん、10601Hが入荷しました」

ヒャッホイ、と小躍りしながら僕はその日のうちに有楽町線を飛ばして月島へと向かった。店先では原さんと中山さんが温かく出迎えてくれた。

眼鏡技師も兼ねる中山さんに相談して、持ち込んだYY7023はPRADAの時と同じグリーンレンズに交換。

紛失したものと同じブラッシュゴールドフレームの10601Hも無事に買い直させてもらい、少し悩んだ結果、濃いブルーのサングラスだったものを薄いブルーのレンズに入れ換えてもらった。

レンズ交換を待つ間、原さんに「昼飯を食べていないのですが、どこか(近隣のオススメ)ありますか?」と聞いたところ、一軒のもんじゃ焼き屋をしてもらった。徒歩1分のその店で、野良犬のような顔をしてお好み焼きをつつきながらラガーの中瓶を飲んでいたら、見かけない顔のお一人様だった為か「どちらかからのご紹介ですか?」と店員の女性に尋ねられて、僕は「あ、眼鏡屋さんで今レンズ交換をお願いしているもので…」と答えた。


「あー!あの眼鏡屋さん!私たちも何度か買わせて頂いていて、お洒落な眼鏡ばかりだからいつもどれにしようか迷っちゃうんですよねー!」と、明るい返事が返ってきた。デザイン性もクオリティも世界最高クラスの眼鏡を取り扱っているのに、もんじゃ焼き屋さんとご近所付き合いや商いがあるのは庶民的で素敵だと思った。

学力や趣味嗜好、専門性で区分けされた高校以降の繋がりはある程度共通の目的で以て(ある意味ではSNSのハッシュタグ#建築好きな人と繋がりたい#お洒落さんと繋がりたい#おうちごはん、などと同様に)似た者同士のコミュニティをスムーズに作り上げる。しかし「家が近い」という地理的な理由で否応なしに押し込まれる小学校。そこに集まる子供たちは良くも悪くもリアルな多様性に富んでいる。小学校の同級生同士だという原さん・中山さん。MATSUDAのアイウェアともんじゃ焼き。全く違う形をした凸と凹が共存する地域的なコミュニティは閉鎖的な村社会形成の危険性を孕む一方で一発逆転、偶然の果てにある必然を引き寄せる可能性も同時に秘めているのだ。これからの洋服屋が持つべきは前年ベースのマーケティングよりも、むしろ小さく濃密な輪っかの中で育まれたリアルなコミュニケーションなのかもしれない。

スムーズにキャッチ&リリースされる他人と、(一見するとハードルは高いが)牙城を崩せば密着してくれる隣人。ネット社会が発展すればするほどに互いのカウンター性も強くなり、グローバルとローカル、マクロとミクロの棲み分けがなされていくのだとしたら、紋切り型の大手チェーンストアよりも個人商店が活躍する現在のファッション業界の趨勢にも納得がいくというものだ。僕が月島を訪れたこの日、観光客メインのもんじゃストリートの裏道にポツンと佇む小さな眼鏡店は、眼鏡好き~家族連れ~失くしものばかりする男までが入れ代わり立ち代わり、親密で温かな賑わいを見せていた。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。