テーマは「インバーティアのヘリンボーンダッフルとフレンチトラッドとの関連」だったのだが、フレンチトラッドという存在のとりとめのなさ、ゆえか話は次々と脱線していく。1963年生まれの中村さんは80年代半ばに勃発した「第一次フレンチトラッドブーム」世代であり、1976年生まれの僕は1990年代後半に第二次ブームを追体験した世代。僕の知らなかったリアルなフレンチトラッド話が泉のように湧き出して、取材は当初の予定をずいぶん押してしまった。
中でも刺さったのは、「ベージュのM-65」が、フレンチトラッドの必須アイテムだったという事実。今ではM−65といえばカーキ一択、他の色は所謂アレンジモノといった扱いだが、そういえば90年代前半のアメ横では、ベージュやボルドー、ネイビーなど様々な色のM−65が売られていたのだった。そういえばベージュ、あったな〜。そしてさらに、その火付け役がイヴ・モンタンのジャケ写だったということは全くの初耳だった。帰宅後速攻でヤフオク等を検索、ベージュのM-65(コリンス)とイヴ・モンタンのレコード「昨日、今日・・・イヴ・モンタン」を落札したことは言うまでもない。プレイヤー持ってないのに!
おそらく流通量は極小。ヤフオク等で安価で手に入る、今のうちに!
捜索の結果わかったことは以上。
●ベージュのM-65は基本民生品(ファッションとしての流通)オンリー。
●上記の理由で古着屋での流通はごく少量で、オークションサイトのほうが入手しやすい。
●イヴ・モンタンが着用していたのはアルファ社のもの。
●1979年の『ELLE』誌に、このジャケ写のアザーなどが掲載されている(こっちは未確認)。
●コリンス社のものは色が薄く、ナイロンの勝ったゴワッとした肌触り。
●アスペジとかのアレンジ品も、今季はあまり展開していない。
●ベージュこそないが、今やレアになっているM-65の1stモデルに最も近いのは、リアルマッコイズのレプリカである。
その後もろもろの取材を進め、僕が連載を持っていた「GG」という雑誌で紹介する予定だったのだが、諸般の事情で休刊(涙)、お蔵入りに。せっかくのジャケ写がもったいないということでFBにアップしたところ、業界関係者・・・といっても10人未満(笑)の変態のアンテナにビンビンきたようである。ちなみに、スロウガンの小林さんもそのひとりだ。もしも来秋ベージュのM−65が流行ったら、僕の中村さんインタビューが震源地だったことは、思い出していただきたい!
1976年埼玉県生まれ。大学卒業後いくつかの出版社勤務を経て、2008年からフリーエディターとして活動。創刊時からファッションディレクターとして携わった「MEN’S Precious(小学館)」を、2020年をもって退任。現在は創刊100周年を迎えた月刊誌『文藝春秋』のファッションページを手がけるとともに、2022年1月にWebマガジン『ぼくのおじさん/MON ONCLE(http://www.mononcle.jp)」を創刊、新しいメディアのあり方を模索中。住まいは築50年のマンション、出没地域は神保町や浅草、谷根千。古いものが大好きで、ファッションにおいてもビスポークテーラリング、トラッド、モード、アメリカンカジュアル……。背景にクラシックな文化を感じさせるものなら、なんにでも飛びついてしまうのが悪いくせ。趣味の街歩きをさらに充実させるべく、近年は『ライカM』を入手、旅先での写真撮影に夢中。まだ世界に残された、知られざる名品やファッション文化を伝えるのが夢。
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