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STORY

ぼたんあそび⑤(もはやぼたんではない)

2020年もいよいよ終わり。それにしても、今年もボタンでたくさん遊んだなぁ。ヒマなんすかね、わし。とか。
ナットボタンをメタルボタンに付け替える、というのは2020年早々、既にやったし(ぼたんあそび①)もっと他に遊び方ないかなぁ…。

と、朝から晩までそんなことを考えていたわけではないのだけれど、フッと視界に飛び込んできたのがベルベット素材のスーツ。5年前に初めてリングヂャケット製のスーツを企画したときに作ったもの。独・NIEDIECK社のベルベットを使ったシャープな一着。これを製品化した当時は「イブニングのイメージが強いベルベットですが、ウェス・アンダーソンがコーデュロイのスーツを着るような感じで、あえてスポーティーに合わせてみてほしいです」なんてトークを、社内啓蒙や接客の場で繰り広げていたし、実際に自分もフェアアイルのニットベストやClarksのデザートブーツ、膝下まである乗馬ブーツに合わせて楽しんでいた。その結果、ラフに着すぎたせいでパンツの裾がボロボロに。「ボロいベルベット」ってのも、悪くない気がしたけど「というか、裾上げし直せばいいじゃない、ショーツにするとか」なんて、「パンが無いならお菓子を食べればいいじゃない」的マリー・アントワネットの了見に至るまでそう時間はかからなかった。「せっかくならば、もうちょい本格的にカスタムしてみよう」と乗り気になった僕は一つ500円のメタルボタンを10個、ネットで注文したが、ボタンが届くまでの間に「ショーツにするとして、残布が勿体ない」という気にもなってきた。茶碗の米は一粒も残すな、と親に育てられたせいだろうか。で、ひらめいた。



パンツの残布を利用して、ジャケットの袖口にターンバックカフを作ることにしたのだ。一周ぐるりではない「ハーフ」のターンバックならば、それほど大袈裟になるまい。腰ポケットのフラップに合わせた4.5㎝幅。サンプル画像の代わりに自作のイラストを添付してお直し工房に送った。案の定、工房から電話がかかってきて細かいことを訊かれたが「(カーブの角度や裏地の色など)まかせます」と返答した結果、なかなかどうして、りっぱなカフスが仕上がってきた。


そもそもジャケットの袖口のターンバックカフには、なんだか謎が多い。ソーンプルーフの厚手ツイードジャケットやハッキングジャケットなどスポーティーな上着にも似合うディテールだが、逆にディナージャケットの袖にも付いていたりする。この辺りはタキシードのルーツとなるスモーキング文化(食後の別室で葉巻をくゆらせるときに羽織るスモーキング用ガウンの袖口がターンナップしてある感じ)から派生するものだろうが、ドレスコードの基準となるドレッシー&スポーティーの言葉ではうまく言い表すことができない気がする。ともかく、この手のルーツ物語を執拗に追いかけていくほど僕はヒマ人ではないので(笑)、仕上がってきたスーツのコーディネートでも考えることにした。どっちみち、風変わりなスーツになったのだから。


メタルボタンに少し寄せるとレタードカーディガンやレジメンタイだけど、股下62㎝のクロップドパンツにPantherellaのウールホーズとHenry Maxwellのフルブローグを合わせればプレッピーテイストは消失する。つまり「メタルボタン付きスーツってなんだよ」「しかもベルベットだし」「ショーツだし」「カフスまで付いてるし」という突っ込みどころ満載のこのスーツは、メンズのスタイル観を無効にするバニシングポイントであり、デザイナーがクラシック服を解体/再構築する視点って、ある意味ではこんな感じなんだろうなー。ディテール同士を合わせすぎないことで「0」にするというか。頭が固い人からすると全問不正解なんだろうけど、100点満点が息苦しい人にはちょうどいい。


この日はGeorge Coxのキルト付きビットローファーにPantherellaのチェックホーズ、Vゾーンにはジオメトリック柄のシャツを合わせた疑似レトロ70’sスタイル。靴下は必ずしもホーズでなくとも、普通丈のライン入りソックスを合わせたりして間抜けナードに見せるもの調子良い。「紳士たるもの、いかなる時もズボンの裾から脛(すね)を覗かせてはいけない」的モットーは無視すればよい。ただ、冬場は寒い。あ、パンツの裾は少し広がって見えるように内外ともに3㎝のスリットを入れて仕上げてもらった。

「この歳でこの調子なら、死ぬまで洋服で退屈することはなさそうだな」なんて思っているうちに2020年が暮れていく…。来年は何で遊ぼうか。
ともかく、コロナ禍による閉塞感の中、誰にも迷惑をかけずに解放感を味わえるなんて洋服はやっぱり素晴らしいと思う。たとえそれが自己満だとしても、自分が満足しない人生に他人だけが満足して何の意味があろうか。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。