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ファッションのある映画赤いニット帽と青い海

映画で見るファッションの醍醐味と言えば、やはり「登場人物のキャラクター設定ならではの着こなし」ということになる。フツー(現実)だったらまずダメだけど、この人(ファンタジー)ならまぁいっか…というヤツ。どの程度までOKかという許容範囲は、どれだけ緻密にその役柄(それが架空のキャラクターだとしても)のアイデンティティーが監督によって描き込まれたのか、という熱量によって大きく左右される。その意味で僕の中で圧倒的に心に残っているのがウェス・アンダーソン監督「ライフ アクアティック」(2004)の主人公スティーブ・ズィスーを演じるビル・マーレイ。劇中で海洋探検家/映画監督役のマーレイは映画祭のレッドカーペットの上を歩きながらブラックタイ(タキシード姿)に赤いニットキャップを被ってるのだ。これがもう、似合いすぎ。フレッド・アステアのブラックタイにボーダー柄ソックスという着こなしと、ある意味で同じレベル。この赤いニットキャップにはモチーフがあって、1956年にあのルイ・マルと共同監督で撮った「沈黙の世界」がカンヌでパルムドールをとった、同じく海洋探検家のジャック・イヴ=クストー、その人。彼がいつでも被っている赤いニットキャップこそがズィスーがオマージュを捧げた御本人。つまり、ズィスーはクストーに憧れてるけど、才能があるんだか無いんだか自分でもよくわからない悲しいオッサンなのだ。その情けなさ/悲しさからくるのであろうか。こんなにも「スーツにニットキャップ」が似合う人は、「ライフ アクアティック」のマーレイ以外に、後にも先にもセロニアス・モンクを除いて他に知らない。ちなみにドキュメンタリー作品「沈黙の世界」に見るファッションの中にはもうひとつ見所があって、それはガンジーセーターのざっくりとした着方。ひとりの船員が海から船に上がり素肌にガバッと被る姿にリアリティがある。この映画はノンフィクション、「ライフ アクアティック」はフィクション。現実とファンタジー。ふたつのジャンルの間をヨタヨタと行き来しながら、今日も僕のファッション観はスクスクと育つ。