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ファッションのある映画旅人の服

20歳の僕にとってデザイナー山本耀司は特別な存在だった。就職活動用にY'sで買ったスーツはシワっぽいダークネイビーのチョークストライプでたっぷりとしたシルエット。パンツにはクリースも入っていない。シャツは小さな襟、洗いざらしの白を着ていた。大手某メゾンブランドの会社説明会に参加したときは司会をしていた人事部長らしき人に「そのスーツは好きで着てきたんだろうけどさ」と、遠回しに批判された。21歳の僕は内心「こいつらには一生分かりっこねぇ」と思っていた。同じ頃に当時(1999)資生堂の会長だった福原義春氏と山本耀司の対談本を読んだり、ロードムービーの名手、ヴィム・ヴェンダース監督がコレクションを直後に控えた山本耀司に密着した映画「都市とモードのビデオノート」(1989)を観たりした。特に映画の方は「動く、喋る耀司」を見たという意味で強く印象に残っている。モデルに着せた仮縫いの服を前に、裁ち鋏を片手にシルクピンを打つ真剣な姿が強烈にカッコよかった。しかし、山本耀司のことを知れば知るほど(これもおこがましい言い方だけど)、僕は思った。「俺、ヨウジの服、まるで似合っていない」と。映画の中でこんな言葉があった。「厳しいものを掴みとれる色が、黒。」親に仕送りを貰いながらぬくぬくと生きる学生に似合う服では到底なかったのだ。いつからか、僕は黒っぽい服を着なくなった。簡単には着られなくなった。
山本耀司は旅人だと思う。ザンダーの写真に出てくるジプシーの服は、どれだけの距離や時間、あてもない道を歩けばこの服に辿り着けるのか?という表情をしている。2011年にはブランドのパリデビュー30周年を記念して渋谷西武のギャラリーでYOHJI YAMAMOTOのアーカイブを展示していたので、さっそく観に行った僕はやっぱり感激して、そのまま階下へ降りて、西武のショップで10年ぶりにYOHJI YAMAMOTOの服を買った。赤いストライプが入った黒いウールヘリンボーン素材をたっぷりと使ったパンツは、表面を一度コーティングしたあとに、わざわざ洗いとブラシをかけて毛羽立たせてあった。何千マイルも歩き通した旅人が、さっきまで穿いていたような服だった。30歳を過ぎて、昔に比べたら少しは似合うようになっていたが、まだまだ道程は長い。60歳になればもう少し似合うだろうか?僕もまた、旅の途中だ。