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ともに歩むべき革靴1989年バブル期、伝説の一冊。

「1980」という年代はとにかく茶化されがちである。当時乗り遅れた者による嫉妬か、知らない世代からの羨望か、或いは堪能した者による武勇伝か、それは「バブル」という言葉と共に勝手なイメージが増幅されているような気がしてならない。私の古書店にも、“絵に描いたような80年代” のイメージをお探しのお客様が度々いらっしゃるけれども、ご期待に応えられない事がほとんどだ。誠に申し訳ないが、当店取扱いの80年代の雑誌に “ジュリアナ” は載っていないのです。
確かに80年代後半の雑誌に出てくる “若者の趣味” は、今からすると派手なものや、相当のお金が無いと適えられないものが多い。マイカーは当たり前、外車を選ぶか否かがクルマ特集のツボだったり、旅行の行き先は当然海外だ。『 POPEYE 』や『 HOT DOG PRESS 』等の若者向け雑誌にて「世界の一流品」という言葉が頻出するようになったのもこの頃である。しかしそうは言っても常に高級志向にあったわけでもなく、時には “一万円で買えるモノ” の提案だったり、チープな古着も度々取り上げられており、ちゃんとしたバランス感覚が見てとれる。いま「80年代」や「バブル」という言葉で連想されがちな “タガがはずれた感” は決してそこに無く、寧ろ「フレンチアイビー」「 BCBG 」など、“いいモノ” を上手く取り入れた上品なカジュアルの雰囲気こそ感じるのである。
日経平均株価が過去最高を記録した1989年、雑誌『 BRUTUS 』から一冊の “靴特集” が世に送られた。「靴だけは外国製に限る、という人が多い。」英国を中心とする高級靴について詳しく紹介した、今でも語り草の一冊だ。以前お買い上げになられたお客様は、「これで人生を狂わされた!」と嬉しそうに語っていらっしゃった。内容は、英国現地取材(当時ビームスが力を入れていたポールセン・スコーンを筆頭に、エドワード・グリーン、フォスター & サン、トリッカーズ、チャーチ、クロケット & ジョーンズ、ジョン・ロブ等のショップやファクトリー探訪)、靴の基礎知識、達人たちの靴自慢、プロによる靴磨き指南、伊・米・仏の靴紹介など、まるごと一冊靴特集である。出てくる靴はなかなか手の出ない高級品だけれども、確かにこの世界に足を踏み入れてみたくなる内容だ。「良質の物を長く使い込む」という英国人の哲学が “高級靴” を介する事により確かに伝わってくる、今読んでも間違いなく面白い一冊である。
「ままよ、買うこと、買えることを幸運とすべし。」これはこの号の序文にある言葉。日本の若者が高尚な一流品を無自覚に “買えちゃう” 状況についての、この雑誌による見解である。日本人のブランド信仰およびファッション・ヴィクティムっぷりについてはえてして白い目で見られがちだが、“モノ” を手に入れてこそ得られる欧米の価値観や哲学は数多い事だろう。それは数々のカタログ的ファッション雑誌が日本の風俗をリードしてきた事でも明らかである。「80年代」がこの国にもたらした冨は、株価や地価、あるいは一部の乱痴気騒ぎだけで象徴されるべきものではない。そしてそれは「バブル」のように弾けて消える事なく、今も日本人の足元を支えているのではと思う。