20年前に原宿・BEAMS fの店長を務めていた、会社の大先輩Nさん。ドレス店舗のVMDを統括する立場としてオフィス勤務になった今も、よくインターナショナルギャラリー ビームスに服を買いに来てくれていて、中でもNさんのお気に入りは僕が企画するオリジナルのドレスシャツ。タブカラーのものを何着も買ってくれるので、そのうちに僕の方もタブカラーシャツの企画をするときには毎シーズンNさんを意識した生地を必ず一枚選ぶようにしていた。
半年以上前のある日、お店に立っていたら「着なくなったジャケットがあるんだけど、いる?」とNさんに話しかけられて「えっ、いいんですか?」と答えつつ、僕は戸惑った。Nさんと僕は身長が7~8cm、サイズでいうと1~2サイズくらい違うからだ。「いや、昔ピーターのところ(Fallan&Harvey)で作ったビスポークなんだけど、今見ると凄いおっきくてさー、もう着ないと思うんだよね。処分しようかなとも思ったけど、勿体ないし…。鶴ちゃんならバランスを取ってうまく着てくれるかな、と思って」などと、Nさんはいつも通りの緩やかな口調で続けた。後日、Nさんが持ってきてくれたジャケットを羽織ってみたら意外にも肩はハマった。内タグのサインを見ると1994年製のビスポークで、たしかにこの時代の洋服は作りが大きく、タイトフィットを通過してやや緩やかなフィットに戻りつつある2020年現在のサイズでいうところの45(44と46の間という意味)くらいの感じ。44を着るNさんと46を着る僕のちょうど間くらいだ。ビスポークで作られた服には縫い代がかなり多めにとってあるので、10㎏程度の体型の変化には十分対応できる。「直して着てみます。ありがとうございます」とお礼を言って、僕はジャケットを受け取った。

肩は入るし、ボタンも留まる。横は問題ないとして、残るは縦の問題。そう、身長差以上に腕の長い僕にはこのジャケットの袖丈が4~5㎝短いのだ。内側はハギ出しできるが、袖丈を5㎝出すと切羽の開いた袖ボタン位置が袖口から遠すぎる。幸いなことに、Nさんのジャケットには袖ボタンが二つしか付いていなかったし、ボタンの間隔が2.0㎝ほど離してあった。英国ビスポークなのに、ラペルにはミシンステッチが入っているこのジャケット、おそらくNさんがわざとアメリカンな仕様にしたのだろう。考えた末に、僕はボタンホールを増設することにした。上の写真で下から2番目と4番目がオリジナルのボタンホール。1番目と3番目が国内の工房で新たに手縫いで作ってもらったボタンホール。ボタンそのものはオリジナルをすべて外し、手持ちのリアルホーンボタンに付け替えた。
内側には別の生地を継ぎ足して、袖丈は4cm伸びた。ボタンホール増設のおかげで、ボタンのスタート位置もまあ、許容範囲だ。お直しは無事に完了。あとは、耳にこびりついている「鶴ちゃんなら、バランスを取ってうまく着てくれる」という先輩の言葉と真っ向から格闘するのみ。
結果、出来上がったのはショーツ+ブーツのコーディネート。身長差があるので、厳密にはジャケットのシェイプ位置や着丈、袖の振りは僕の「縦」に合っていない。ならばそれを逆手に取って、パンツのレングスとGUIDIのブーツで「縦」のバランスを更に崩してみた。アンバランスなバランス。
2プリーツ入りのショーツは20年前に古着屋で2000円だったDickie's。を自分でカットオフしたもの。
裾は長年のホツレでボロッボロ。
他人のビスポークを着る。この行為の不完全さやズレ、埋めようと思っても綺麗には埋まらないミゾ。その段差を楽しむという感覚は、ウェットスーツで自分の体を採寸し、いつでも寸法どおりの洋服をオンライン購入できますよー、みたいなゴール地点とは真逆へ向かって全力疾走する感じに似ている。ゴールもないのになぜ、そんなことを?と聞かれても「ワカリマセン」としか答えようがない(笑)。ただ、終わらない感じがして好きなんだと思う。














