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STORY

マイルド・サイドを歩け

なぜだか、僕のあたまの中には昔から大きな「?(クエスチョンマーク)」があって、色んなことに対して即座には納得できない「ホントかよ、それ?」みたいな疑り深さが、思考回路のド真ん中の少し左あたりに長年鎮座している。この「?」がいつ頃に芽生えたのだか分からないけれど、クエスチョン思考は40歳を過ぎてもなかなか止むことがなく、なんとなく現在に至っている。小学生が「地球はどうして回っているの?」と疑問を抱くような純朴さといえば聞こえは良いが、二児の父であるイイ大人が「◯◯って何?」「なぜ△△は✕✕なのだろう?」などと自問自答をぶつぶつ繰り返しながら毎日を生きているということ自体、ヘルシーだとは決して思えない。

つい最近、職場の同僚(先輩)である尹勝浩と話していて「そもそも私服って何ですか?制服の対義語ですか?スーツは制服ですか?」みたいな議論になった。昭和のサラリーマンにとって「スーツは制服」なのだろうけど、コロナ禍の在宅ワークや猛暑対応のクールビズにおいて、もはや「スーツは制服」ではない。近い将来「スーツ代として」と但し書きされた領収書が経費で落とされることはなくなり、上着とズボンの2ピースは職場において過去の遺物となるだろう。たしかにスーツには冠婚葬祭といった、確固たるTPOがあるので、フォーマルウェアとしてのスーツはなかなか無くならないのだろうけど、だからこそスーツには「イヤイヤお仕着せられるもの」という中学校の学ランみたいな概念がつきまとう。少し前までスーツは「満員電車に揺られながらモミクチャのスーツで通勤する悲しいサラリーマン像のアイコン」として反抗の対象に成り得た。自分の親父が着ているようなスーツにつばを吐き、革ジャンとブルージーンズに身を包めば、ちょっと反抗的かつワイルドな気分に浸れる、という意味でシンプルだったのだ。

しかし、今。(一部の堅い職種を除く)一般的なビジネスマンのドレスコードはズタズタに解体され、半袖シャツで出勤どころか自宅を出ないで仕事するのが当たり前になる時代においてスーツはふたたび私服に、つまり必需品から嗜好品になるのだ。革ジャンを着た軟派もスーツを着たろくでなしもどちらもいるごちゃ混ぜの世界で、スーツの逆側がワイルド・サイドであるほど、もはや甘くはないのだ。

僕はというと、自分が着る服に対して他人からゴチャゴチャ言われるのがイヤだから洋服屋に入ったようなものなんだけど、結果として当時の怖くてイヤな先輩たちから手厚い洗礼を受け、ハンパではないゴチャゴチャを言われながら新入社員時代を過ごした。その甲斐もあって(?)若い頃はボロボロのデニムにロックTが反抗だと思っていたが、いつの間にか自ら商品企画をするくらいスーツの着こなしも好きになっていた。つまり、はじめから嗜好品だったのだ。僕にとってのスーツは。

ある夏の日、スーツを着て通勤していた僕は、電車の中で突然言い様のないムカつきに襲われて、地下鉄を降りると近くのマツキヨに駆け込んだ。店員のお姉さんに「黒いマニキュアありますか?」と尋ねて、小さな瓶に入った400円のチープなものを購入。銀座の路地裏で左手の爪を黒く塗って出社したところ、心が少し平静を取り戻した。あらゆるアンチが出尽くした現代ファッションにおいて、見るからに猥雑で妖しいワイルド・サイドよりも、なんでもアリの顔をしたフカフカ絨毯の上を歩く方が、ある意味では難しかったりするのだ。なんて、もはや観念的でしかない僕のクエスチョンマークは、いつになったら綺麗サッパリはずれてくれるのだろうか。

Satoshi Tsuruta

International Gallery BEAMS Staff鶴田 啓

熊本県出身。1978年生まれ。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻にまったく興味を持てず、飲食店でアルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。新宿・ビームスジャパンのデザイナーズブランドを中心に扱うメンズフロア(当時)に配属となる。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動し現在に至る。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆まで手がける。ワードローブのモットーは「ビスポークのスーツからボロボロのジーンズまで」。趣味は音楽・映画・美術鑑賞、旅行、落語、酒場放浪、料理、服。二児の父。