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STORY

家元の上着

「完璧」が好きじゃない。モノも人間も。そもそも完璧な人間なんて存在しないことは知っているけど、むしろ穴があいているくらいの方が人間らしくていいと思う。僕にとって、この人間の不完全さを笑いに変換して、大いなる「肯定」へと導いてくれる存在が落語だ。落語に出てくる登場人物はみな一様にどこか「抜けている」のだ。短気、そそっかしい、酒癖が悪い、まぬけ、意気地がない、見栄っ張り…。自分の周りにもいそうなヤツばかりが出てくるし、なによりもまず自分がそうであったりする。そんな人間のダメっぷりを「いいじゃねーか、悪気があるわけじゃないんだし」と包んでくれるおおらかさが落語にはある。故・立川談志が標榜した「業(ごう)の肯定」である。人間的にかなりクセの強い落語家だった為、好き嫌いははっきり分かれると思うが、20代後半で西新井のホールに独演会を観に行って以来、僕は立川談志に随分と価値観を揺さぶられたのである。彼の頭の中をここで説明することは困難なので、興味のある方は著書「新釈 落語咄」周辺を読んでみられるとよい。

話は変わるが、スーツを着るときに「~ねばならない」ことが何と多いのか、と辟易することがある。日本はよりその傾向が強い国だと思う。上襟は肩から首にかけて綺麗にのぼらなければならないし、ツキジワは入ってはいけない。ジャケットの袖口からシャツはこれくらい見えていないといけない…などなど。勿論、理解できる。完成美として。仕立屋もそこを目指して研鑽を積む。それはそれで美しいと思う。だが、それが「絶対」だとは僕にはどうしても思えないのだ。そうでなければ、映画「パリ、テキサス」('84)のスーツスタイルの格好良さをどのように説明するのか。

3つボタンスーツを着る場合、上着のボタンは上2つをかける。段返りであれば真ん中ひとつだけをかける。これは常識。黄金期のハリウッドが誇るウェルドレッサー・Cary Grantは、昔観たとある1本の映画の中でシーンによって3つボタンジャケットの「上2つがけ」「中ひとつがけ」「下ひとつがけ(これは他の映画でも彼はよくやっていた)」の3種類を披露していた。その映画のタイトルは失念してしまったが…「泥棒成金」('55)だったか…。ともかく、下のボタンをかけてシワの寄った上着のシルエットを楽しむほどに、彼は随分と洒落ていたのだと思う。

2010年4月13日。8ヶ月間もの闘病生活を経て紀伊国屋ホールの高座に(紋付き袴ではなく)スリーピースのスーツを着て現れた立川流家元・立川談志は、3つボタンの上着の「下2つ」をかけていた。「すっかり痩せちまったから、40年前のスーツを着られるようになった」と話し、披露した演目は「首提灯」だった。声はろくに出ていなかったし、おそらく体力は限界だったのであろう。それでも僕を含め客席で観ていた者はみな胸を熱くした。あのプライドの高い家元が生身の芸に執着しようともがく姿は、まさしく「業の肯定」であった。「不完全な」噺を終えたあと、いつも通り深々と客席にお辞儀をした談志は、バツが悪いような、いたずらっ子のような何とも言えない表情で、ニヤリと笑った。長い間、理論と感性の両面から古典落語に挑み続けた立川流家元・立川談志は2011年11月21日、喉頭癌のため亡くなった。

立川談志の思い出に寄せて。
2018年11月21日。
Satoshi Tsuruta

International Gallery BEAMS Staff鶴田 啓

熊本県出身。1978年生まれ。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻にまったく興味を持てず、飲食店でアルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。新宿・ビームスジャパンのデザイナーズブランドを中心に扱うメンズフロア(当時)に配属となる。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動し現在に至る。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆まで手がける。ワードローブのモットーは「ビスポークのスーツからボロボロのジーンズまで」。趣味は音楽・映画・美術鑑賞、旅行、落語、酒場放浪、料理、服。二児の父。