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STORY

パラダイスの夕暮れ

渋谷にある呑兵衛の聖地・富士屋本店が閉店する。2018年の10月末をもって閉店らしい。これは今年の閉店ニュースの二大トピックスのひとつであり、もうひとつはパリのサンジェルマンにあったMarcel Lassance閉店の知らせだ。

20歳で洋服屋に入り、渋谷で働き始めたけど当然のように金はナイ。金はナイけど服は買いたい、酒は飲みたい。若い頃に先輩に連れられて何度か訪れた富士屋本店は異世界であり楽園だった。いつも混雑している。だけど、誇り高い感じがした。今でこそ若い女性の間でも「センベロ」「立ち飲み」が当たり前になったけど、20年近く前の当時、周りはオッサン客ばかりだったと思う。

地下へ続く薄暗い階段を降りると100人近くはいるんじゃないかという、異様な数の呑兵衛達がギリギリで共存するカオスな空間。ロの字型のカウンターを隔てて内側(調理場)は戦場、外側はパラダイスといった感じ。相当数の酒飲みが集まっているのに、不思議と皆マナーを守って行儀が良い。お互いが譲り合いながら、他人とも呼吸を合わせながら自分に割り当てられた狭いスペースを使っている。満員電車もこうであればいいのに、と思う。

かすかに柑橘系(ゆず?)の香りがする、ねぎぬたが好きだった。腹にたまらなくて、酒のアテになるメニューの代表だ。

ミョーに盛り固められたポテトサラダもここの名物。他に椎茸天やハムキャベツは勿論、若干揚げ過ぎなくらいドライな仕上がり(苦笑)のフライ類も、今にしてみれば乙だった。

この日はひとり、サッポロの大瓶とホッピーを飲んだが、途中で時間が無くなり(保育園へ2歳児をお迎えに行くため)余ったナカを隣の人に「もし良かったら飲んでください、勿体ないので」と譲ってきた。こんなこと、普通の居酒屋じゃなかなか出来ない。

10月の初めに訪れると、開店の10分前には富士屋本店との別れを惜しむ人々で既に行列が。渋谷駅前の再開発に伴いビルごと取り壊すのだという。最近、めっきり行かなくなった渋谷に行く理由がまたひとつ減ってしまった。

ちなみに富士屋本店で酔客の群れの肩越しに見える薄汚れた壁には、吉田類をはじめ、この店を愛した著名人のサインや寄せ書きなどの色紙が多数。それらに入り混じるようにサラリと貼ってあるのが rdv o globe のシーズンポスターだ。しかも、ごく自然に。この店の壁が似合う洋服屋って、なかなかナイ。街から飲食店が無くなると、ファッションも無くなるから、なおさら口惜しい。原宿からオーバカナルが無くなり、もう15年以上経つ。

Satoshi Tsuruta

International Gallery BEAMS Staff鶴田 啓

熊本県出身。1978年生まれ。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻にまったく興味を持てず、飲食店でアルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。新宿・ビームスジャパンのデザイナーズブランドを中心に扱うメンズフロア(当時)に配属となる。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動し現在に至る。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆まで手がける。ワードローブのモットーは「ビスポークのスーツからボロボロのジーンズまで」。趣味は音楽・映画・美術鑑賞、旅行、落語、酒場放浪、料理、服。二児の父。