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STORY

ママチャリ・ブギ

ママチャリを買った。正確には電動アシスト自転車というらしい。僕も妻も服屋なので「ママチャリはできれば買いたくない、避けたい」とずっと思ってきたし、長女が小学校に上がるまでの保育園送り迎えは徒歩とバスで乗り切ってきた。急いでいるときはタクシーを使ったりしながら(※ちなみに我が家には車もない)。が、ついにその時がきた。現在2歳の長男をかかりつけの病院に連れていくときなど、どう考えてもママチャリがあったほうがよい、と数ヶ月前に妻が言い出したのだ。「だよね」と僕も頷いた。

近所の大型スーパーで適当に選んだママチャリ。特にこだわりはなかったが「出来るだけ本体が軽いこと」と「駐輪場でもすぐに識別できる目立つ色」を基準にYAMAHAのPasを購入。

服屋なのにママチャリとは随分と所帯染みてしまった気もしたが、これが乗ってみると恐ろしく便利。発進時のアシスト感。スピードに乗ったときの疾走感。むしろなぜ早く買わなかったのか、という気すらしてくる。このマシーンにより、僕の休日の行動範囲は劇的に広がった。最寄り駅沿線の街だけでなく、自宅を中心に半径2~3km以内の場所なら楽々と行けるようになったのだ。朝の保育園帰り、そのままママチャリを飛ばして志村にある立ち食いソバ屋まで、もずくソバを食いに行ったりとか。先日は十条にあるお気に入りのうどん屋まで行ってきた。とり天なす天をつけたしょうゆうどん650円。帰り際に店の軒先で売っていたうどん玉100円も買った。この店、今まではバスに乗って来ていたのだが、国際興業バスだと往復420円。650円のうどんが1070円、つまり北区プライスが港区プライスになってしまう。

ママチャリのカゴにうどん玉100円。

よくよく考えてみたら、ママチャリというアイテムは僕のスタイルにぴったりなのかもしれない。板橋区に住み、場末のセンベロ居酒屋を好み、高くて美しい服も着るけど安くて汚い服も着る。代々木上原に住みたいなんて1度も思ったことがないし、どこか「お洒落」を軽蔑しているフシさえある。

十条のうどん屋へ向かったその日、僕が穿いていたのは大昔に古着屋で買った2プリーツ入りのDickies。カットオフして20年くらい穿いているので裾はボロボロ。秋の気配が感じられる9月にショーツ姿でママチャリに股がり、風を切ってうどん屋へ走る感じは、意外と悪くなかった。自分の居場所さえ見誤らなければ、ママチャリに乗ろうが40万のジャケットを着ようが、へっちゃらなんだと思えた。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。