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STORY

服をイジメる

僕は新しくモノを手に入れると、それをイジメたくなります。ここで言う「イジメる」とは「馴染ませる」という意味です。例えば英国ビスポークの服。イタリアの上着と違って、着始めの頃はヒジョーに硬い。ステッチが強いし、副資材(芯地や肩パッドなど)も硬い。何よりも見た目が「カタイ」。新入生の学ランみたいに。これではカッコつきません。社内の先輩には新品ビスポークを馴染ませるために、持ち帰ったら「足で踏む」という人がいました。うどんみたいにコシが出るのでしょうか?

僕の方法は「着る」です。当たり前?いえいえ自宅で着るんです。ただ着るだけだと退屈なので「映画を観ながら着る」んです。スーツを着たままソファでゴロゴロ、体勢を変えながら、頬杖ついたり…。初めて誂えたスーツを着て観た映画は黒澤明だったと思います。2着目のブレザーはオーソン・ウェルズだったかな…。2~3時間の間、カタイ上着を着たまま膝を抱えて座ったり寝そべったりしているので窮屈なこと甚だしい。しかし、この「ジャケットを着たままでは無理のある体勢」こそ、生地にシワを刻みステッチを緩ませる行為だと信じてやり抜くのです。終わってみれば、心無しか腕が上げやすくなっているような…(嘘)。とにかく、新品のカタイ服はある種の儀式的に「まず自宅で着る」のです。そんなに早く馴染むわけはないのですが…。

靴の場合。一度クリームを入れてから、まずは休みの日など、どーでもいい日に下ろします。わざと2~3日連続で履いたりします。コットンや麻など、衣服の場合。洗います。新品のシャツやTシャツほど気恥ずかしいものはありません。で、これらの儀式を済ませた後で晴れて(僕の場合は仕事場=店に)「着ていく」のです。

中国の人は新品が好きです。Bボーイも真っ白なスニーカーやサイズ表記入りのシールを剥がさないままキャップをかぶるのが好きです。「ビンボー人じゃないから、いつでも新品を着ているんだ」ということでしょうか?逆にパリの人は古いものが好きです。昔、パリのマルジェラのスタッフは「この服を買って、自分に馴染んだなと思った頃にタグ(4本の白いステッチ)をはずして着てください」とお客に勧めていたといいます。買ったばかりの新品(自分に馴染んでいないもの)はシックではないということです。また、馴染んだ服にブランド(タグ)は必要ない、ということでもあります。国民性はそれぞれですが、古くなってこそ真価を発揮するモノはある程度「いいモノ」だと言い切ることができそうです。

最近僕は6~7年履いた ALDEN のアンライニングローファーのソールを交換しました。スニーカーのようにグニャグニャに馴染んでいたローファーが、先日新しいソールになって戻ってきました。履いてみたら、なんだかカタイ?僕の足型に合わせて沈み込んでいたはずのインソールがフラットに戻ったような感触。ソールの返りも何だかぎこちない。とりあえず、ローファーに足を突っ込むと、ふたりの子供を連れて公園を一緒に走り回りながら馴染ませました。シックへの道のりは実に馬鹿馬鹿しく長いものです。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。