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STORY

ありそうで意外とない靴

「俺さ、会社辞めようと思うんだよね」「えっ?」僕の突然のセリフに横で弁当を食っていた後輩は箸を止めてこちらを見た。「辞めて何するんすか?」「いやね、俺すごいこと思いついちゃったんだ」「なんすか」「俺、オナカ弱いじゃん?すぐ胃が痛くなるし」「はい、よく胃薬飲んでますよね」「そう、この前も胃薬を飲もうとしてたんだけど、最近寒いし、水でオナカ冷やすのもどうかなと思って…」「お湯で飲んだんすか」「そう、湯冷ましで。そしたらさ、薬が五臓六腑に染み渡る感というか…あぁ、お湯ってサイコー!だな、と」「はい」「で、ネットで色々調べたら最近デトックスとかそんなんでケッコーいるわけよ、白湯(さゆ)飲んでる人。密かなブーム。で、思ったの」「お湯を売るんですか」「そう」「買いますかね?」「いや、昔はペットボトルでお茶とか水を買う習慣だってなかっただろ?」「何十年前の話ッすか」「例えばお前がコンビニとか自販機で温かい飲み物を買おうとする。でもコーヒーやお茶だと刺激が強い。そこで白湯を売るんだよ、薬も飲めるし」「僕、別にオナカ弱くないし」「よく聞けよ、ここからが俺のスゴいとこ」食いつきの悪い後輩を無視して僕は続けた。

「名前も考えてあるんだ」「え、商品名?」「あったか~い、 Sa-yu 」「えっ?」「ほら、思うツボだよ、お前」「いや…」「白湯が温かいのは当たり前じゃん、って思っただろ」「まぁ」「そこがミソ、いや、 Mi-so 」「言い直さないでくださいよ」「こういう突っ込みどころが必要なわけよ、マーケティング的には。いまや時代は SNS 。拡散の時代よ。商品に突っ込みどころが多い方がハッシュタグとかが沢山付くわけ。この白湯にはたくさん付くぞ。#冷たい冷水#頭痛が痛い#アーバンシティ#平均アベレージ、とか」「昔、長嶋監督がドントネバーギブアップと言ったらしいすね」「それはいま関係ない」「でも、なんでアルファベットなんすか、 Sa-yu って」「インバウンド狙いだよ。フランスあたりで流行るかもな、ヘルシー思考だし 」「カニカマも流行ってるらしいですね、 Su-ri-mi って」「だろ?だから俺、この企画を引っ提げて大手飲料メーカーに転職しようかと思って」「へ~、頑張ってくださいね」と言いながら後輩はペットボトルのお茶を飲んだ。

 今日ご紹介するのは Paraboot の「 CHEVERNY 」です。

 Paraboot の CHEVERNY 。ビームスではトランクショー期間のみの販売でした。別売のキルトも Made in France 。

ギリータイプのシューズに見えますが、実際には外羽根のプレーントゥにギリー風デザインを無理矢理に乗せた感じ。実はこのモデル、その昔 John Lobb のコテージラインで存在したものを、 Paraboot 日本代理店 RPJ 社の敏腕営業マンD氏が復刻させた逸品。先日当店で開催された Paraboot のトランクショーでこれを入手した僕はキルティタンと呼ばれる別売の「飾りベロ」を装着して楽しんでいます。ギリーもキルトも元を辿ればゲール/ケルト文化に行き着くのでしょうか。シューズのブローギングもそうですが、ぬかるみの多い彼の地で育まれたデザインです。キルティタンがそもそもはベロ( Tongue )のないギリーの泥除けとして機能していたのかどうかは定かではありませんし、そもそもこの靴にはベロが付いてるし…。ともかく、この組み合わせ、色々な点で辻褄が合いそうで合わない、突っ込みどころが満載のナンセンス感が気に入っています。ありそうで意外とないキルト付きギリープレーントゥ。まぁ、製品化されないのもよく分かる気がします…(笑)「ありそうで意外とないもの」なんて、世の中にそもそも需要がないから「ない」のかもしれません。ペットボトルの白湯も然り、完全に自己満足の世界です…。

ブローギングがないだけで新鮮な印象に。

ちなみに前半部分の先輩社員「俺」は断じて僕(鶴田)ではありませんし、全てはフィクションです。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。