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STORY

道具っぽい顔

1980年代の後半〜1990年代の序盤に定義されたと思われる「セレクトショップ」という概念が大衆にまで浸透=陳腐化してから、もうどれくらい年月が経っただろうか。そう呼ばれる業態のショップでは、バイヤーが買い付けてきた商品をお店に並べて売っているわけなので、そこに何かしらの形で「セレクト(選択眼)」が働いているのはそもそも当たり前と言えば、当たり前。そう言い切ってしまえば身も蓋もないけれど。ネットの普及により今では消費者全員がいとも簡単に情報収集できる時代になったので「別にお前らバイヤーに選んでもらわなくても、自分がカッコいいと思うモノは自分で選べるし」と思われ始めたあたりから「セレクトショップ」が指し示す意味はすっかり半透明化してしまったのかもしれない。ちなみに「セレクトショップ」という呼び名が生まれる前は「インポートショップ」という言葉がほぼ同じ役割を果たしていたそうだが、これについて僕はタッチの差で非・リアル世代なのでここで詳しく語るのは止めておく。ただ、1970年代の半ばからアメ横界隈で軍物の払い下げ品を売っていた「三浦商店」や、UCLAの学生たちが好むアメリカンカジュアルウェアを原宿で取り揃えた「BEAMS」、(現地で見れば只の長靴である)HUNTERのレインブーツをファッションアイテムとして紹介していた我らが熊本県人の大先輩「アウトドアスポーツ」の有田氏あたりが「インポートショップ」の源流であることにほぼ間違いはなさそうだ。勿論、同時代にパリでお店を開いたピエール・フルニエ氏の存在も忘れてはならない。

で、こういったショップに共通する要素は何なのかと言うと、それは「非・ファッションアイテムに独自の視点を加えてシティファッションに昇華した」という点にあると思う。だって、そうでしょ?軍服も登山靴もジーンズも雨具も漁師服も、本来はファッショナブルに装うために生まれた衣類ではなく、特定の機能を達成するために長い年月をかけて開発された只の「道具」なんだから。(ファッション性を重視した装飾的デザインではなく)機能性を追求した合理的デザインの中に、ある種の「美」を見出し、これって街着として見ても十分カッコいいんじゃない?という、そこにこそバイヤーの「選択眼」が在ったと思うのだ。

そういったコンテクストを踏まえると、「インポートショップ」の源流の一角を担った「BEAMS」に20年以上も在籍した僕とBon Vieux・大島氏が「道具的なアイテム」を好むのはDNA的に当然と言えば当然。勿論、今となってはM47前期とか501XXとかlost Arrowとか山タグとかベンタイルとか、そういった名称・記号そのものが(ある意味で)ファッションブランド化してはいるけれど、というよりも「佇まいとしての道具っぽさ」をシティファッションに取り入れるという感覚は、やはり「BEAMS」で学んだことのひとつであると思う。過去に僕らが取り扱ってきた品でいうと、PARABOOTやBARBOURが放つ「あの垢抜けなさ、野暮ったさ、色気の無さ」がここで言う「道具っぽさ、佇まい」を指す。そして長年在籍したインターナショナルギャラリービームスというレーベルで僕は「RICK OWENSやALEXANDER McQUEENやANTONIO PANICOにトレッキングブーツやモディファイドラスト(=道具)を自然に合わせられるか否かがシェフの腕の見せ所」という謎の概念に囚われ続けてきたといっても過言ではない。今となっては、そのコントラスト自体はもはやどうでもいいけれど、そういった「文脈遊びの無理ゲー」は結果的に僕の中身を感性・技術の両面で大きく拡張させてくれたように思う。要するに、より自由になれた気がする。


ということで、作りました。道具っぽいハット&コート。






「VENTILE®」および「ベンタイル®」は登録商標なので「この生地はもはやベンタイル並です」と言うことは出来ないけれど、ともかく英国軍に使われていてもおかしくないほど防水・撥水性が高いコットン地のコート。そしてコートの内ポケットに収納可能な共生地のバケットハット。ハリのある強い生地、素っ気ないダークネイビー無地。多少の雨くらいならば、傘を差さずにこのまま出かけてしまえそうなレインウェア感。もちろん雨具として作ったつもりはないので晴れの日も普通に着てほしいんだけど、ここにあるのは「垢抜けなさ、野暮ったさ、色気の無さ」、そして「道具っぽさ」。古き良き時代のセレクトショップ、いやインポートショップの味がするハット&コート。






勿論、今の時代には生地にメンブレン(膜)を貼り合わせたり何層にもレイヤーしたりすることで、高密度コットンなんかよりも数段上の機能性を誇る衣類があることは知っている。しかし、大島氏が高円寺に構える店の名前は「Bon Vieux(古き良き)」だということ。彼のために、「Bon Vieux」のために商品を企画するとき、僕は頭のどこかで「古き良き時代のセレクトショップ」を思い浮かべている。




一方で僕は「古き良き」時代の郷愁に溺れながらメソメソと酒を飲むような懐古主義は持ち合わせていない。単純に現在の自分自身を形作る要素のうちのひとつに確かに「それ、その道具」はあるというだけだ。きっと大島氏も同様だと思う。「それ」は「ただの道具」である。雨もよけるし、風も防ぐ。場合によってはファッションアイテムにもなる。そして、昔から今に至るまで当たり前のような顔をして玄関のコートハンガーに引っかかっているような「それ」は「ただの道具」。靴ベラを使わないで靴を履くような顔。袖ボタンが外れてもほったらかしにしてしまいそうな顔。洋服の色合わせなど生まれてこの方一度も考えたことがなさそうな顔。10年後も当たり前のような顔をして「それ」を着る僕は一体どんな顔をしているだろう?

すべての「古き良き」は、かつて必ず「今」だった。時代の風に吹かれて雨に晒されて、いつの間にか「古き良き」へ変わっていったに過ぎない。そして、このコートは移り変わりの激しいこの世の中で、素人も玄人もない世の中で、時代時代の雨風を防いでくれそうな顔をしている。複雑になりすぎた思念を捨てて手ぶらで気軽に生きる風来坊の顔をしている。洋服とはそもそも道具であったこと、ファッションとはそもそも人であったこと。そのことを思い出させてくれるようなハットとコートを作りました。気づいたら妻が勝手に着て出かけていた。そんなニュートラルな存在感のコートだけど、襟の立ち方から控えめなAライン、ポケット位置までを完璧にこだわった必然性が気持ちいい。帽子とコートは別売りですが、是非ふたつ合わせてお持ち帰りください。


【NEJI pour Bon Vieux Bucket Hat & Raincoat】は12月7日(土)13時より高円寺「Bon Vieux」にて発売予定。
Bon Vieux 東京都杉並区高円寺南3-37-1 不定休
Instagram@bon_vieux_
Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。