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STORY

秋風とベスト

もう25年近く前の話になる。

うっかりと、そんな言葉で書き始めてしまったことをジクジクと呪いたくなるほど年月は恐ろしいスピードで流れていた。恐ろしい。怖い。寒い。そう、寒いのだ。かの松尾芭蕉も詠んだではないか、「物言えば唇寒し秋の風」と。いや、意味がぜんぜん違うって?しかし「25年」というワードを軽い気持ちで持ち出したが故に、流れゆく月日の残酷さ、無常に打ち震える僕。そして、寒し。秋の風。朝晩はすっかり肌寒くなりましたね。

で、何が25年前なのかと言うと、僕が新卒採用者としてBEAMSに入社したのが2000年4月、つまり約25年前。そのころ、僕が配属されたBEAMS JAPAN(新宿店)の重衣料フロアで売れに売れていたアウターと言えばLAVENHAM(ラヴェンハム)だった。中綿入りダイヤモンドキルトのハーフ丈乗馬ジャケット。当時の値段はたしか19,000円くらいで、お小遣い制サラリーマンのお財布にも優しかったのだろう。スーツの上から着用する軽アウターとして飛ぶように売れていたが、当時の先輩スタッフたちは「ジャケットの裾がはみ出すくらい着丈の短いナイロンアウター」のことを「スーツの上から着るには向いていない軽衣料」と揶揄していた記憶がある。まぁ、たしかに「スーツスタイル、かくあるべし」という美意識が異常に高かった当時のスーツ売り場店員にとって、上着の裾がはみ出る短丈乗馬ジャケットや、その短丈乗馬ジャケットからさえもはみ出さないくらいにどんどん短くなっていくスーツ上着の着丈は侮蔑に値するものだったのかもしれない。要するに、短丈スーツの上からLAVENHAMを着たサラリーマンは玄人筋によって「お尻丸出しくん」の烙印を押されていた。そして彼らの靴のつま先はもれなく反り返っていた。寒し、秋の風。

しかしダイヤモンドキルトの内角の如き急角度で時は流れて、2024年。エレガントであるかどうかはさておき、スーツ上着丈がはみ出るほど短い釣り具モデルBARBOURをジャケットの上から羽織ることはすっかり当たり前になったし、「スーツスタイル、かくあるべし」という概念は(多様性という名のもと)秋風にでも吹かれて何処かへ舞い散っていった。たしかにね、どうでもいいっちゃ、いいもんね。着丈問題。それって個人の感想ですよね。そんな2024年。


ということで、中綿入りダイヤモンドキルトのベストを企画しました。そもそもキルティングベストって「コートとニットの間」や「ツイードジャケットとシャツの間」に挟むことで保温性を高める隙間アイテム。軍モノのキルティングライナーもそうだけど、本来はアウターとして着用するべきものではない。しかし、5年前(2019年)の僕はツイードジャケットの「上から」Hermèsのキルティングベストを重ねて楽しんでいる。これも本来はインナー用なのだろうが、別にお構いなし。寒い時は「中に」、寒くないときは「外に」重ねるキルティングベストって、けっこう楽しいよなぁ。この企画の発火点はそんなところにあった。


Bon Vieux・大島氏と相談して、乗馬ジャケットとオッドベストを足して2で割ったようなデザインにした。コーデュロイ襟はアウターライク、オッドベストのようなフロントカットはインナーライク。オリーブ色の微起毛ピーチスキンを選び、キルトステッチのピッチや中綿の厚みを決定し、オリジナルのキルティング生地が完成。いよいよ、中にも外にも着ることができる折衷的キルティングベストが出来上がった。着丈を思い切り短くしたおかげで、レイヤードスタイルが軽快に映る。





朝晩は寒いけど、日中は暖かい。日によって気温が違う。日本の四季はいよいよとらえどころが無くなってしまった。だからこそ、インナーとしてもアウターとしても使うことができるキルティングベストは小回りが利く。日が高いうちはスポーツコートの上に羽織って内長外短のレイヤードを楽しみ、夜になって気温が下がる頃にイン&アウトを逆転させればライナーキルトとしてちゃんと温かい。しかもオッドベスト的フロントカットのおかげで上品さはKEEP、いかにもハンティング/ミリタリー然とした野暮ったさはほとんど感じられない。アームホールのカットも綺麗だ。テーラードアイテムのインにも難なくレイヤードできる。



月日は無常に流れゆくけれど、だからこそ「ファッション」。Fashionと書いて「流行」と読む。流れ行くからこそ、僕たちは過去にとらわれず生きていける。「スーツスタイル、かくあるべし」と「流行」を無理矢理に対立させる必要はない。川を揺蕩う小舟に乗って流れに身を任せながらも、川底に刺してそこに留まるための長い竿を一本だけでも持っていられたらそれで良い。ハンティング/ミリタリーのテイストに少しだけジェントルマンをミックスした折衷的キルティングベストは10月26日(土)に発売予定。どう考えても洒落ている、素敵な一品が出来上がりました。男の二面性を反映するかのような、イン&アウトを是非お楽しみください。これでもう、秋風寒くない。

NEJI pour Bon Vieux【Quilting Odd Vest】は2024年10月26日(土)高円寺「Bon Vieux」にて発売予定。
「Bon Vieux」 〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2丁目14−5 13:00-19:00
Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。