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STORY

折衷主義

商品企画。それは、現在の僕が手がける仕事の一角を占める「底なし沼」。過去の資料に片っ端から目を通し、パターンやテキスタイルを磨き上げ、果ては顕微鏡レベルの素材開発まで…。研究に研究を重ねて「究極の〇〇」を作ろうと思えば、それはまさに底なしの沼。勿論、そういう意味もある。しかし、残念ながら僕の中にはそういった「研究心」が決定的に欠けている。或いは、根性が無いのかもしれない。僕のような根性無しに代わり、ほとんど一生を費やしながら血のにじむような研究を重ねてきた方々のおかげで、日本は、例えば世界最高峰のデニムを作る洋服大国にまで成り上がることができたのだろう。ある種の日本人が持っている強いオタク気質が、情熱が、彼らの飽くなき探求心がこれから先も日本のモノづくりの推進力となっていく。しかし、僕がここで言う「底なし沼」は少し違う。要するに、変化するのだ。自分自身が。

高円寺にある古着屋・Bon Vieux。大島拓身氏が店主を務めるこの店は、古着屋の中でもトラディショナルなドレス/カジュアルアイテムを中心に取り揃えている。品揃えられたアイテムはどれも骨っぽく、チャラチャラしたデザイナー古着の類はほとんど置いていない。あくまでもオーセンティックなゾーンに軸足を置いた大島氏のお店のためにNEJIが企画した商品の2024年第一弾はフレンチワークのカバーオールをモチーフにした一着。フレンチワークのカバーオール?それはデニムと双璧を成す、底なしの沼。の、はず。

とりあえず、まずは今回のアイテムを使ったルック撮影から。



フレンチワークのカバーオールと聞いて、モールスキンのアレを思い浮かべた人からすると拍子抜け。いかにも軽快で、炭鉱夫が着ていたとされるアレとは雲泥の差。雲のように軽い。ボディの生地は3シーズン通して着られるライトウェイトのコットン100%。5色使いのガンクラブチェックに細畝コーデュロイの襟。チェック柄の由来通り、まるで狩猟クラブのスポーツコートにでもありそうな組み合わせ。炭鉱夫×狩猟クラブであるという以上に、寒い冬にはアウターの中に着込むこともできる、まさに折衷的アイテム。


日差しが暖かくなってマウンテンパーカを脱げば、ちょっと英国的?マスタードカラーのコーデュロイパンツやタッセルスリッポンがよく似合うブリティッシュアメリカンなムードも感じるけれど、上着の型そのものはヨーロピアンスタイルのカバーオールという不思議。


「いや、やっぱりまだ寒い」とアウターを羽織りなおす、今回のモデル・梶くん。気温がイマイチ定まらないまま、きっとそんな感じで今年の冬は終わってしまいそう。





2月が終わり3月がやってくると、このカバーオールもきっと主役級の扱いに。綺麗な色使いのVゾーンやカシミアのセーターなどで少しだけ整えてあげれば、都会の街歩きにぴったりのルックス。「ちょっと洒落過ぎてたかもな…」と案じながら用意していった鶴田私物のコーディネートも、すんなりと着馴染んでみせる梶くん。ちなみに冒頭のスタイリングで着てもらったオレンジ色のパーカは彼の私物。やっぱり洋服が好きな人は洋服が似合うねぇ、と。

用意していった2コーディネートを撮り終えて、撮影チームはそのまま高円寺へ。最後のコーディネートはBon Vieuxの店頭に並ぶ商品で即興的に組むと決めていた。




黄色いポロカラーシャツもオフ白のペインターパンツも赤いリボンベルトもダーティーバックスも白いバケットハットも、すべてが自然に馴染む即興のスタイリングは、4月上旬をイメージしながら組んだ散歩スタイル。このカバーオール、多色使いのチェック柄や金茶のコーデュロイ襟が一見派手にも思えるけれど、実際に着てみれば何てことない。つまり、クローゼットの中に入っているベーシックアイテムと組み合わせるには「ちょうどいい塩梅」の折衷主義。


そして、ここまでご覧になって勘のいい方はお気づきのはず。色・柄・素材の要素だけではなく、このカバーオールがタイドアップ映えする理由に。そう、このカバーオールは薄い肩パッド入りのテーラード仕立てなのだ。両サイドにアジャスターを付けているので、ウエストを軽くシェイプさせることもできる。緩いシルエットで合わせても一定の緊張感をキープしてくれるので、その日のコーディネートに合わせてどうぞ。

それにしても、この冬。寒くなってみたり暖かさが戻ったり、まったく掴みどころのない気候変動は僕らの気分を大きく変えてしまった。ダウンジャケットやムートンを着ている人の姿は(少なくとも東京では)めっきり見かけなくなったし、来年の冬がどうなっているのかなんて現時点では分かりようもない。だから、人は変化する。人間よりももっと大きな現象に合わせて変化する。それは、飽きるとか飽きないとか、そういった感情よりもずっと深いところで僕らの気分を左右する。世相や気候や時代が分かりやすく反映されるもののひとつにファッションが挙げられるだけだ。僕が言う「底なし」とは、その変化に予測がつかないことを意味する。冒頭で「大島氏はオーセンティックなゾーンに軸足を置いた洋服屋だ」と書いたが、大きく見れば彼もやはり変化しているのだ。圧倒的に茶靴派だった彼が、最近では黒い靴を履いている姿をよく見かけるようになった。何が彼に変化をもたらしたのかは分からない。分からないからこそ僕らは一緒にモノを作ることができているんだと思う。2月も3月も4月も着ることができる、薄手でカラフルなカバーオール。その折衷主義は僕ら二人の間に流れる曖昧な空気が作り上げたものなのかもしれない。そして、この曖昧さは思いのほか強い。軸足が強靭であればあるほど、逆足の曖昧さは軽やかさへと変化し、いずれ軸足を更に強くするフィードバック。広い意味では、僕もまたオーセンティックなゾーンに軸足を置いた洋服屋なのだ。

NEJI pour Bon Vieux 【Gun-Club Check Coverall】は高円寺Bon Vieuxにて2024年2月3日(土)発売です。 


Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。