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STORY

ゆるやかに、考える


外苑前のセレクトショップ・MANHOLEの為に企画した商品のうちのひとつ。それが、本格的なテーラーメイドのジャケット。「僕の頭の中にある作りたいジャケットのイメージ」と「工場で量産するためのパターン作成」の間を「英国で経験を積んだ日本人ビスポーク職人」に仲介してもらうことで、極めて解像度の高いジャケットが完成した。シーチングで作成したトワルを僕の体に着せた状態で立体的に修正していく過程はオーダーメイドさながら。それはデジタル(CAD)にパターンを取り込む際の翻訳をビスポーク職人のアナログな肌感で監修する感じ。録音した生演奏をMP3に圧縮する作業において、どの音を残してどの音を立たせるのかというマスタリング作業の指揮を執る人間がビスポーク職人というアナログの超プロフェッショナルに変わるだけで「これほどまでに臨場感が増すのか」と驚くような仕上がりになった。所謂「吊るし」と呼ばれる既製品の「オールマイティな雰囲気」に「パーソナルなテーラーメイド感」が加えられ、数値的な+-だけでは表現しきれない細かなニュアンスまでを具現化した2モデル(8つボタンダブルブレストと3つボタンシングルブレスト)。昨年の11月に入荷して好評を博した第一弾に続き、より軽快な生地で仕立てた第二弾がMANHOLEに入荷してきた。

せっかくだから、ということでMANHOLEの店頭投入分とは別に生地を選び僕自身の為の一着をパーソナルオーダーすることにした。(前回入荷分はすぐに売り切れてしまったので、自分の分を買うことができなかったのだ)





 

軽快なアンコン仕立ての3つボタンシングルに合わせて選んだ生地はHARDY MINNIS 「Worsted Alsport Ⅱ」から、実に英国らしい柄行のウインドウペーン。370gの梳毛ツイードなので、春先や秋口にさらりと羽織ることができる合着の質感。メランジのオリーブベースにかすれたような朱色のペーン、しなやかでドライなタッチ、着馴染んで入るしわの表情も大らかだ。太り気味のラペル、すこしドロップするくらいの柔らかなショルダーライン、低めのシェイプ位置。本当に(僕のイメージ通りに)よくできたモデルだと思う。





丸みのあるラペルや、愛嬌のある胸パッチポケット。芯地の据え方がいいのだろう、ふっくらとした胸元のボリュームも実に自然だ。裏地は光沢のある鶯色のものをセット。ちょっと貴族っぽい。

3月にしては暖かい一日だったので、この日はシルクのウエストコート&極太のスウェットパンツで軽快に合わせた。









「現代的に解釈したクラシックモデルに伝統的な英国生地を乗せました」みたいな口上はもう耳タコなほど聞き飽きているし、実際のところ僕はクラシックスタイルのアップデートをイメージしながらこのジャケットを作ったわけではない。むしろ、1990年代初頭のJIL SANDERやDRIES VAN NOTEN、ROMEO GIGLIの遺伝子にも確かに組み込まれていたはずの英国的DNAを自分なりに抽出・再解釈しただけのつもりでいる。タイドアップも勿論いいけれど、ポップな配色のプリントTを合わせたりしながら自由なフィーリングで着てみたい。




MANHOLEの店頭に用意したのは全部で三種類。メランジのブルーグレー、ブラックベースのペンシルストライプ、ダークブラウンベースのピンヘッド。そのどれもが仕立て映え抜群のカッコいい生地だけど、このモデルに対して「乗りそうで乗らない色・柄」ばかりをチョイスしてみたつもりだ。(既に品薄になっているため全部を見ることはできないかもしれないけれど)是非、手に取って頂きたい。ぱっと見はクラシックで作りは超絶ハイファイ、しかし(ジャケットを見慣れた人であればあるほど)どこかしらに違和感を感じられるマッチングだと思う。それはおそらく「日本人の口にも合うようにアレンジされた北インドカレー」とか「タイ料理と日本料理のフュージョン」とか「女性でも食べやすいとんこつラーメン」とか、そういったキャッチコピー的なテーマを意識せずに選んでいるからだろう。着地点を設定すればするほど、出来上がりは想定の範囲内になる。いい加減にやるという意味では決してなく、ハンドルに遊びを持たせた状態で適当なスタートを切ってみる。その先に道なりの運転があることでしか辿り着けないゴール地点は、後になって初めて分かればいいんじゃないかな。結局、朝起きて、鏡の前で「今日は絶対にカントリージェントルマン的なテーマでコーディネートしよう」と意気込めば意気込むほど苦しくなするし、無理やりになる。だったら、とりあえずシャツにアイロンをかけるところから始めてみればいいと思う。そこから自然と手を伸ばして掴むジャケットやソックスやネクタイ(や、場合によってはスニーカー)にはある程度(現時点での)自分の本性がそのまま現れる気がするから。「なんとなく流れに身を任せる」という姿勢は「やる前からテーマを考え込む、ゴールを設定する」思考よりも、ずっとクリエイティブな境地にあるという気がしている。勿論、その前段階までにやるべき努力はすべて済ませておくべきなんだけど。



Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。