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STORY

僕の辞書(冬将軍に追われて)


今まで自分は「レイヤードスタイルが好き」だから夏でも極端な軽装(半袖・半ズボンとか)にはならないし、冬はたくさん重ね着をしながら過ごしてきた。のだ、と思っていた。

しかし、去年だったか一昨年だったか、冬の寒い日にコートを着ずに外出した日があった。タートルニット+ツイードのジャケット+裏ボアのツイードベストみたいな感じだったと思う。今考えても、それが特段寒々しい恰好だとは思わないけれど、その日の僕はガタガタ震えるほどの寒さを感じていた。いつも、シャツを着てネクタイをしてウールのセーターを被ってジャケットを着てコートを羽織ってマフラーを巻いてレザーグローブを着けて、周りからは「休みの日に会ってもちゃんとした恰好してるんですね」なんて言われながら、自分はそういう「スタイル」の人間だと思っていたけれど、ここへきて「鶴田、実はただの寒がりだった説」が急浮上してきた。薄着が嫌いなわけじゃなく、薄着ができなかったのだ。今年の冬も鬼のレイヤード、厚着をしながらぬくぬくと過ごしていたら2023年1月末、来るというじゃないか。何が、って?10年に一度と言われるほどの大寒波が。

「現在、氷点下62.4度という想像を絶する大寒波に襲われているロシア。この寒さが日本にも流れ込んできます」

テレビの中で気象予報士が呼びかける注意喚起を聞きながら、僕は早くも震え始めていた。



今までも(そういえば昨年の冬も)北海道やヘルシンキ、ニューヨークなどの極寒都市を冬に訪れる際、僕の中では過剰な防衛本能がはたらきはじめる。結果として、必要以上のオーバースペックで荷造りをしてしまう。そして、いつも機能を持て余す。重たいロングコート、膝まであるロングブーツ、アウターの上に重ねるアウター…。旅先では重装備のアイテムたちがいつも邪魔になる、かさ張る。それもこれも、僕の中にある「一つの趣向」に起因するのだということは、もう何年も前から自覚している。

「俺はシェル系アウターを着ないから」

もはや呪縛のように、頑なにそう信じてきた。これまでにも記事を書いたりインタビューに答えたりするたび、「僕はこだわりがないのがこだわりです」みたいなことを爽やかな態度で言ってきたけれど、実際には縛られているではないか。呪われているではないか。「アンチGORE-TEX® プロダクト」という観念に。しかし、目の前に迫る大寒波。というわけで、積年の食わず嫌いを打破するためにサクッと買ってみたのがPRADAのパンツ。見つけたタイミングも(大寒波襲来の直前と)ピッタリだった。



アパレル業界に身を投じて25年、初のGORE-TEX®プロダクトはPRADAだった。そんな感じも実に大人っぽく思えた。シェルのライナーには3M™シンサレート™の高機能中綿素材まで入っていて、スキーパンツのような二重の作り。裾のサイドジップを開けば、シルエットがフレアになる点も抜群だ。そしていよいよ大寒波がやってくる。まるで遠足前日の子供のように、僕は赤いパンツを枕元に置いて寝た。



当日、雪は大して降らずに小雨程度だったが、確かに「これはマズい」ってくらいに寒い。僕はROMEO GIGLIのツイードジャケット、CORGIのマルチボーダーリブタートル、CAUSSEのレザーグローブ、もう何年も雑に履いてきたGUIDI PL1、これらの上からRUFFOのムートンコートを羽織って出勤した。これだけやれば、さすがにほとんど寒くなかった。なによりも発見だったのは「パンツ重要!」ってこと。そもそも、トップスはレイヤードできるけどボトムスは重ね着にも限界がある。雨に濡れたズボンが風で冷えるとめちゃくちゃ寒いしね。風を通さず水をはじく、そして湿度は逃がす。ダウンジャケット×GORE-TEX®のようなプロダクトが200年前に存在していたら、ナポレオンも冬将軍に敗北を喫することなく歴史が変わっていたかもしれない。なんと素晴らしい機能性、人類の叡智。これまでハイテク素材を頑なに避けていた自分が、意地でもグリーンピースを食べない子供のように思えた。前菜からメインディッシュ~デザートまで、それぞれの皿の上はソースまできれいに平らげてある…のによく見ると食べ残してあるGORE-TEX® プロダクト。この食わず嫌いを克服した気分は、思いのほか良かった。勿論、見た目がカッコよくないと手を付ける気にもならないのだけれど、その点でPRADAのこれは完璧だった。




とはいえ流石に全身テック系のウェアに着替えることは(今のところ)なさそうなので、ハイテク素材と一緒にコーディネートするのはきっと古典的な素材ばかりだろう。結局は食べ方の問題か。

ナポレオンの辞書に「不可能」という文字が無かったように、いよいよ僕の辞書にも「こだわり」という文字が無くなってきた。ダウンジャケットは着ないけど、mont‐bellのダウン半纏やダウンパンツはたまに着るし。基本的になんでも食べられます。って、いや待てよ…。あの皿のすみっこ、付け合わせのパセリみたいな感じでポツンと残っている、アレ。ぼんやりと…見える。高校生の頃にリアルタイムで経験したにもかかわらず、ずーーーっとスルーし続けてきた、アレ。AIRMAX 95の形をしてる…。

「じゃ、かんぱーい、おつかれさまですー」「ですー」「何かおつまみ頼みましょうか、苦手なものとかありますか?」「私は臓物系がちょっと苦手で…」「僕は揚げたナスが…」「なんとなくわかる気がする~、鶴田さんは?」「基本的になんでも食べられますよ」「えー、すごーい」「いいな、好き嫌いがないって」「あ、でも…ひとつだけあるかな」「何ですか?」「僕は、ハイテクスニーカーが食べられません」



Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。