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STORY

モーション・ピクチャー・サウンドトラック


11:00〉朝方まで一緒に遊んだままやくんがようやく起きてくる。まだ眠たそうだ。僕はもう一時間前にはとっくに目を覚まし、ソファの上でぼーっとしていた。




12:00〉ままやくんが飼っているニシキヘビのアキラに餌をあげる。「僕らも腹減ったね」と話しながら、しかし、なんとなく動く気になれない。ダラダラしたい。とりあえず、音楽をかけてみる。景気づけに二人で踊ってみるが、すぐに疲れてやめた。






13:00〉近くのコンビニに昼飯を買いに行くことにした。なににしようか。
13:20〉部屋に戻り、コンビニ飯を食べる。お湯を沸かす、ままやくん。それを待ちながらベランダの外の景色を眺める僕。
14:00〉ままやくんが「洗濯をしたい、ゆうとのも一緒に洗ってあげようか?」と言う。夕方までに乾くか怪しいもので、僕は断ったが、乾くまでうちにいればいいよと聞かないので、渋々洗ってもらう。その間、ままやくんの洋服を借りることにした。
15:00〉ままやくんが鼻歌を歌いながら洗濯ものを干している。ソファからそれを眺める僕。眠たい。
16:00〉眠気覚ましに、シャワーを浴びることにした。
17:00〉洗濯物は結局乾かない。もう帰ろう。






2022年12月某日。MANHOLEが別注したSADEのセットアップとCLASSのタンクトップをルック撮影するために、僕が用意した簡単なプロット(脚本?)は以上のようなものだった。

ここ数回にわたってカメラマンの太希さんと一緒にファッション性高めのルックを作り上げてきた反動からか「たまにはローファッションなムードで撮ってみるのもいいね」という話になっていたので、知人の中で一番部屋が汚そうな人(これは満場一致でままや、とすぐに決まった)の自宅を使わせてもらうことにした。男のひとり暮らし部屋に合わせて僕が脚本を書き、モデルの二人(ゆうととままや)がその筋書き通りに過ごす半日間を太希さんが覗き見するようなアングルで撮ったら面白い、と思ったのだ。


 


当日の朝、太希さんの車でままや宅に向かう途中に異変は起きた。後部座席に座っているゆうとが「車を止めてください」と唸っている。気分が悪いそうだ。二日酔いでもないらしい。車を停めて少しだけ休んだ後、ぐったりとしたゆうとを乗せたままで、とりあえず現場へ向かって再び走り出す。顔面蒼白のゆうとをバックミラー越しに見ながら「今日の撮影は無理かもしれない」と思う。現場到着後、ソファで毛布をかぶったまま横になるゆうとを眺めがら、僕はリスケを含めた代案を考え始めていた。

 

結果的に、ゆうとの代役として土方が駆けつけてくれることになった。彼なら体格的にも遜色ないし、なによりも撮影慣れしている。頼もしい奴だ。そうと決まれば、僕は脳内で脚本の書き換えを進めていく。ままや宅の周辺を太希さんと一緒にロケハンしながら壊すところと残すところ、土方の使い方etc…考えを巡らせていく。もともと脚本通りにカッチリと進行するつもりはなかったので、むしろそれでいい。ままや宅に戻ると休んでいたゆうとが復活していた。「もう大丈夫です」と、目が生き返っている。そして、土方が現場に到着する。




とりあえず「朝帰りのゆうとがままやんちに泊まった、昼過ぎに土方が遊びに来た」と、大筋を変えないままで撮影を進行。太希さんがシャッターを切り始める。「頭数が増えたのでコンビニ飯はやめて、ピザを取ろう」と僕が言い、ままやが注文してくれることになった。土方の衣装は用意がなかったので、寝室の押入れを物色しながらままやの私物で三人目のスタイリングを即興で組むことにした。そうこうするうちに、リビングの方から笑い声が聞こえる。「ままやくんの注文の仕方がオカシイんですよ」とゆうとが言っている。僕と太希さんを含めて大のオトナが五人もいるのに、届いたのはMサイズのピザ二枚とペットボトルの炭酸飲料が四本。どういう計算?ままや、イカレてんな。などと声が飛び交う。僕が間に入り「いや、でも写真に写るのは(太希さんと鶴田の黒子ふたり分を除けば)三人だから、サイズ的にはちょうどいいリアリティじゃない?」となだめた。結果的に、モデルの三人を中心に小さなピザ二枚を分け合いながら食べてもらい、その場面を太希さんが撮った。ドリンクはなぜか僕の分が無かったので、水を飲んだ。部屋では山口百恵の『ロックンロール・ウィドー』が流れていた。




ままやの押入れにあった変な柄シャツと背中に「KOREA」と刺繍してあるブルーのスカジャンを土方に着てもらったところ、数日前「若いころのビートたけしみたいに」髪を切ってきた彼が本物のビートたけしに見えたので、僕は「ソナチネかよ」と笑ったあと「まぁ、悪くないけどね」と続けながら僕の私物のサングラスをかけさせた。フランス製のヴィンテージアイウェアが功を奏したのか、彼はキタノブルーから脱出してウォン・カーウェイのゾーンに移ったように思えたので「じゃ、それでいこうか」と僕は言った。土方には洗濯物を取り込む係をやってもらうことにした。




ままやには毎日タンクトップを着ている男を演じてもらう。寝起きに設定した動きの中でショットをキメていく太希さん。探偵物語のオープニングみたいなムードになった。










ふと、ゆうとが話しかけてきた。「鶴田さんが若いころ、20代とか、どんな感じで遊んでたんですか?」「え?」「いや、脚本に書かれた内容が、まるで僕らの日常とほとんど変わらない感じだったので」「いや、一緒だよ、俺も。渋谷の洋服屋でバイトしてたから、仕事終わりにチェーン店居酒屋の安酒ボトルでベロベロになるまで酔っぱらって、そこから歩いて行ける友達んちまで騒ぎながら明治通りを歩いて…翌朝、目が覚めたらガンガンする頭のままでだらだら映画かなんか見てると、そのうちにまた知り合いが集まってきたりして。音楽聴きながらあーだこーだ言って、調子よければ夕方からそのままもう一回飲みに行くとか、ライブ観に行くとか」「ほんとに、まるっきり一緒ですね(笑)」

太希さんは、ままやが書いたキャンバス絵やがらくたの配置をリビングに移し集め構図を作り上げながら、カオティックな六畳間の中で土方とゆうとを撮影し始める。
 





「車の中で気分が悪くなりソファの上でぐったりと休む僕」の中に存在する「一時間前にはとっくに目を覚まし、ソファの上でぼーっとしていた僕」を見つけ出して撮影するために、夢想のような現実のような脚本を書いて、架空の衣装を用意する僕。ニシキヘビのアキラに餌をあげる僕。安酒ボトルでベロベロになるまで酔っぱらって深夜に渋谷から中目黒まで歩く僕。友達と一緒に宅配ピザを食べる僕。ガンガンする頭のままでだらだらと映画を見てる僕。それを待ちながらベランダの外の景色を眺める僕。僕と、僕、と僕。

洗濯物は結局乾かない。もう帰ろう。






路上での最終カットを撮り終えると、みんなで撤収の準備を始めた。土方はそのまま残り、ままやと一緒にどこかへ飲みに行くと言う。僕と太希さんとゆうとはままやにお礼を言って、現場を後にした。





0:38〉「今日はありがとね。おかげさまで楽しく撮影できました」とままやにメッセージを送る僕。「あの部屋にいる間ずっと、なぜかこの曲が流れていたよ。頭ん中で」とハナレグミの『家族の風景』をリンクで送る。ままやからは「絶妙です。こちらこそありがとうございました。楽しかったです」と返信が来た。

小汚い和室の2Kや、キッチンの換気扇の下で吸うたばこや、ベッドの上でアコースティックギターを爪弾くゆうとの姿がそうさせたのか。とりたてて大好きというわけでもない、普段から特別な耳で聴くわけでもない、郷愁的なあのメロディが、あの日たしかに僕の頭の中を無限ループしていた。もし20歳年下のままやの中でも同じようなメロディが鳴っていたのだとしたら。2022年末、架空のサウンドトラック。存在するんだかしないんだか分からない、僕の中にある幾つもの風景。最も個人的なことこそが、最も普遍的なことである。



ALL PHOTO by TAIKI KASUGA


Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。