上流の社交界にでも身を置かない限りタキシードに身を包む機会なんていまや殆んど無いだろうけれど、なぜだろうか、夜会服は今も僕らを惹きつけてやまない。フォーマルウェアをモチーフにしたデザインが放つ独特の魅力は、あてもなく街なかを只ほっつき歩くだけの僕らをどこか違う世界へと連れ出してくれる。しかし、よくよく考えてみると「モーニング」や「ディレクターズスーツ」に憧れたことは一度もなく、フォーマルウェアの中でもなぜかイブニング対応のものだけがその対象となっている。なにもボウ&カマーやオペラパンプスに限った話ではない。パジャマをはじめ、スモーキングジャケットやガウン、ルームシューズなど室内でゆっくりと夜長を過ごすようなイブニングウェアであれば、礼服でなくともカッコよく見える。それは世界中のデザイナーにとっても同じことなのだろう。ディナージャケットをモチーフにしたブランドは歴史上に星の数ほどあるが、シルバーベストと縞ズボンをカッコよく取り入れた例は(少なくとも僕の記憶には)ほぼ残っていない。

なんてことを考えていたら、年末ムードに誘われてイブニングモチーフの洋服に身を包んでいた。パイピング処理されたショールカラースーツは15年前に買ったSpencer Hartのもの。まだChester Barrie製だったころのもので、ダークネイビーにブルーのドットが映える洒落た一着だ。首元はこれまた10年前に買ったBand of Outsidersのナローなジャカードボウタイ。を、なんとなくプレーンノットでちんまりと結び下げている。ちなみに僕は15年前に同ブランドを大ブレイクに導いたシグニチャー、つまり超スモールフィットのB.Dシャツは一度も買わないままで当時のトレンドをやり過ごした。Martin Greenfield製のジャケットはいいなと思えたんだけどね…。
結局はあのB.Dシャツ特有の「快活な昼間活動感」に馴染めないのかもしれない。フリルシャツやプリーテッドブザムのシャツは着てきたけれど、ボタンダウンはほとんど着たことがない。アウトドアよりもインドア。野外フェスよりもライブハウス。朝ランよりも夜散歩。仕事も午前中よりも深夜の方がはかどる気がする。昼寝はたまにするけれど、夜はショートスリーパー。夜行性の生き物なのかしらね。

イブニング服を街ファッションに持ち込んだデザイナーといえばモーリス・レノマ。他にもイヴ・サンローランやラルフ・ローレンも夜会服をファッションに転換する名手だった。一部の先駆者たちによって室内着が屋外に連れ出された時代は、ファッションが最も躍動していた瞬間のうちのひとつだろう。
そういえば、僕はフランソワ・トリュフォーによる映画「アメリカの夜」(1973)が好きだ。タイトルになっている「アメリカの夜(英題:day for night)」とは昼間に撮影した場面を夜の場面のように見せる映画の技法のことで、現在のように光感度技術が発達する前までは、単純にカメラの露光を下げて日中を暗く撮るという逆転の発想で夜を表現していたらしい。モノクロ時代のハリウッドで生まれた英語「day for night(夜のための昼)」をフランス語で「nuit américaine(アメリカの夜)」と訳したフランス人は誰なのだろう???センスが良すぎる。ともかく、夜にモーニングを着るよりは昼にオペラパンプスやタキシードを着ている方が圧倒的に洒落ていると僕は思う。もちろん、それは着る人自身の態度やスタイルの問題によるのだけれど。














