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STORY

パーカの誕生


『最小限のクローゼット』をテーマにクラウドファンディング上で展開するファッションプロジェクト「27」の第5弾はタオル地のプルオーバーパーカ。日本国内はもとより、世界34ヵ国で販売されているタオル生地の最高級ブランド「UCHINO」様の協力により、驚くほどフワフワな質感のパーカが出来上がった。


「27」は毎回1着の洋服に1冊のコンセプトブックを付けてお届けしているのだが、僕はこのプロジェクトにライターとして参加している。毎号異なるアーティストを招聘して作られるこのコンセプトブック。キュレーターの藤木洋介が今回お声がけしたのは島口大樹氏24歳。彼は2021年のデビュー作で野間文芸新人賞受賞、2022年の第2作目で芥川龍之介賞の候補に選ばれた、正にこれからの日本文学界を背負って立つような若き才人だ。藤木から彼のことを知らされるまで恥ずかしながら僕は島口氏のことを知らなかったのだが、その直後に読んだデビュー作『鳥が僕らは祈り、』。この作品を読了したときは久しぶりに読書の中で震えるような体験をした。本編の中に出てくる直接的なモチーフとしてのカメラ。それをキーとして「視点」や「時間軸」「現在地」などが「鉤括弧の閉じ方」や「改行のタイミング」を駆使した独特の文体によってズタズタに分断され、それらを再び再結合させるという野心的な試みが(なんならゴダールのジャンプカットよりも更に激しいテンションで)繰り広げられる映像感覚。まるで「登場人物AとBの感情が入れ替わったところで、みな同じ。その痛みは只々、等しい」と言わんばかりの、人生における普遍的なテーマ。誰が痛くて誰が痛くないのか。誰がいつ誰に向けて何を言ったのか。もはやそういうことではないという真実。是非、島口氏と一緒に仕事がしてみたいと、心から思った。


後日、僕と藤木、デザイナー宮添氏の「27」メンバー3人で島口氏を囲む会が催された。実際に会う彼は思っていた以上に若く、思っていた以上に柔らかかった。しかし、その奥に潜むコア。これは想像以上に強く、ハードな質感。作家本人に僕なりの読後感を伝えた後は、映画から美術まで様々な視点での議論を交わし、初対面とは思えないほど良い夜になった。


とりわけ僕の心を掴んだのは「断定が好きじゃないんですよ」という島口氏の言葉。たしかに氏の作品において、登場人物たちの行動や台詞は詳細な描写とは裏腹に確固たる状況説明を受けているようで受けていない。場面が見えるようで見えないのだ。映画でいうところの切り返しショットのように一人称の視点はくるくると入れ替わるし、誰かによって放たれた言葉は相手となるはずの誰かが受け取るよりも先に改行の余白とフリーキーな句読点の中に溶けて消える。

説明のしようがない。一言で言い表すことが出来ない。正体が見えないのに、ただ漠然とそこにあることだけは分かる。その不思議な実在感は僕がファッションに対して抱いている感情と酷似しているように思えた。人間という生き物が抱える「何か」を表すために島口氏は言葉を、藤木はアートを、宮添氏はデザインを、僕は洋服を媒介として無色透明なモノと取っ組み合いを続けているんじゃなかろうか。そして、一見無駄に思えるその行為こそが、この世界の中で唯一「無色透明ではない」存在かもしれない。結果として、人はそれを「文学」と呼んだり「ファッション」と呼んだり「芸術」と呼んだりする。



パーカというアイテムは元々イヌイットが着ていた「体全体を包む毛皮製の衣服」をルーツに持つ(らしい)。フロントがジップで開閉されないプルオーバーパーカは、最も原始的な作りの洋服のひとつである。生まれたての赤ん坊が初めて触れる素材=タオル生地で作られたパーカは、まるで「おくるみ」のようだ。このパーカの存在を着心地以外の面でも補完すべく、今回は「誕生」をテーマにコンセプトブックを作ることにした。若き鬼才・島口大樹氏と共に「27」のコンセプトブックチームが生み出す世界観にも是非ご期待頂きたい。クラウドファンディングサイト「READYFOR」内で挑戦中のプロジェクト「27-05」は2022年8月28日までの募集期間。どうぞ、お見逃しなく。

 

※「27-05」について詳しくはコチラをご覧ください。


Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。