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STORY

ぼたんあそび⑥(Fabriqué en France)


最近、古着ばかり着ている。それは別に現行品で欲しいものが無いとか、今さらヴィンテージにハマったとか、昔は良かったとかそんな理由ではない。「価値の無い物に価値を見出だす」なんて言えばカッコ良すぎるけど、要は「世間様の編み目からスルスルとこぼれ落ち、すっかりダメのレッテルを貼られてしまった洋服たちを自分の力でカッコ良く着ることができれば、それが最大の勝ち」という、もはや誰に対して「勝ち」なのかすらも分からないままで振るう徒手空拳の世界。しかし年齢を重ねることで時代錯誤の道場破りみたいな戦いにも勝てる自信がついてきたのか。負けるはずがない、わし。ということで、最近はダメな古着を細々と買っては大胆なトライ&エラーをひとり繰り返している。


 

ダメにも色々種類があるけれど、比較的すぐに見つかるのが「生地や縫製はいいんだけど、形やシルエットが圧倒的にダメ」という「形bad」ゾーンに落ちている洋服。主に1980年代後半~90年代前半のブランド古着によく見られる。上の写真はちょうどその時期にあたるYves Saint Laurentの二つボタンスーツ。地味渋な生地やラペルの形状は今見てもまぁまぁだし、星止めはハンドステッチだったり、「Fabriqué en France」のタグはかなりカッコよかったり…部分的には良いところ幾つもあるのだが、いかんせんガッチリと肩パッドが入った強いショルダーラインやウエストシェイプが緩い寸胴シルエットが圧倒的にオジサン臭い。袖丈や股下の長さ、パンツのウエスト寸は僕にぴったりだったので「これ、どうにかなるんじゃないかな」と思いながら持ち帰った。7000円だった。

自宅で試着しながら考えた結果、ジャケットのウエストを絞ることにした。そもそも僕は構築的なショルダーラインのジャケットが好きだし、下手に肩パッドを抜いてコンパクトな全体感にするよりも、むしろシェイプを強く入れて逆三角形シルエットにしてみようと思ったのだ。しかし、ただ絞るだけではつまらない。



一寸考えた末に、僕はフロントボタンをリッパーで取り外し始めていた。ボタンを6㎝ほど横にスライドさせてシングルブレストを無理やりダブルブレストに近づける作戦。



ラペルの返り位置はスチームと浮かしアイロンで微調整して、出来上がったのはご覧のとおり。アシンメトリーなラペルが特徴的な「ワンアンドハーフブレステッド」みたいなジャケット。当然、ウエストはボタンを移動させた分だけ(6㎝)細くなっている。肩周りはワイド&スクエアのままなので、狙い通りの逆三角形シルエットが完成した。

 


着てみると、こんな感じ。 パンツは入手時のまま手を加えていない。ボタンを移動させただけなのに、何とかなっている。とはいえパターン理論上は間違いだらけのはず。無理矢理ウエストを絞ったのでボタン周りには放射線状の引っ張りジワが入っているけれど、着ている本人は気にしていない。いっそボタンは二つとも掛けてしまおう。さっきまでYves Saint LaurentだったスーツがなんだかJean Paul Gaultierに見える。よね?



そういえば、前職時代にリングヂャケット製のチェスターコートを企画したときも、フロントの打ち合わせを深くしたシングルブレストを作ったことがあった。当時はあまり売れなかったけど(苦笑)、2022年現在となるとPRADAでもフロントがアシンメトリーに合わせられたパワーショルダージャケットが目白押し。時代は捉えている。



思い立ったが吉日、深夜3時半にチクチクとボタンを付け替える四十路。ぼたんあそび。翌日、MANHOLEの同僚に着ていったスーツを見せびらかしながら一連の流れを話したところ「鶴田さん……さてはヒマですね?」と一蹴された。「ははは、そーなんだよー!ヒマヒマ!」と笑いながら、僕は鏡に映るスーツ姿を見てまんざらでもない気持ちになった。ヒマだからファッションやるなんて、最高じゃん。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。