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STORY

ネクタイとペルソナ

 
「カチナ」または「カチーナ」とはアメリカインディアンであるホピ族が信仰する超自然的な精霊のこと。元々は人間の目に見えない存在だった「カチナ」だが、大規模な干ばつによる不作が起こると、彼らは「人間っぽい」形に姿を変えて下界に現れ、人々を苦しみから救済したり怠惰を戒めたりするらしい。300~400種類の姿かたちが存在する「カチナ」。ある意味、組織的なチームである彼らの中では「チーフ」「警護」「ダンサー」「道化」など具体的な役割も分かれているそうだ。ホピの伝統には「カチナ」に扮装した人々が集落を練り歩きながら踊る儀式「カチナダンス」(日本で言うならば、秋田県の「なまはげ」に近い感覚だろうか)や民芸品としての「カチナドール」などがあり、ホピ族の人々にとって「カチナ」という存在はアイデンティティの中心にある。ちなみに「ホピ」とは部族名ではなく宗教名、つまり信仰そのものを指すらしい。

パリ旅行の際に立ち寄ったケ・ブランリ、東京都庭園美術館「マスク展」、国立民族学博物館コレクションを大規模に展開した国立新美術館「イメージの力」などなど、この10~15年くらいの間に見た仮面(マスク)をテーマにしたの展示はどれも強く印象に残っている。仮面そのものが出てくるわけではないがイングマール・ベルイマン監督の映画「ペルソナ」も印象深い作品だった。どうやら僕は仮面に興味があるらしい。6年前に銀座のエルメスフォーラムで見た写真家シャルル・フレジェによるエキシビジョン「YÔKAÏNOSHIMA」も非常に興味深く、古今東西の人々が同時多発的に(勿論、伝搬もあるのだろうけれど)根本的には同じこと(=祈りや願いを込めた仮装)をやっている不思議を感じた。異口同音とばかりに世界各地の仮面のフォルムはどこか似通っているし。そもそも、なぜ人は精霊や妖怪や獣の姿になりたがり、仮面に牽かれるのだろう。


 コレクション癖がない僕にしては珍しく、「カチナ」をモチーフにしたHermèsのプリントタイは色違いで3本所有している。90年代のシリーズだったと思うが、同じプリントで他にもカレやアスコットタイなどが展開されていた。

 

 マッドヘッド、ロングヘア―、ハミングバードといった代表的カチナに交じってクラウン(道化)の姿も見える。恐ろしいというよりは、むしろユーモラスな出で立ちの面々。

 

 元々、カレ(90cm×90cm)や、より大判のスカーフ用に考えられた正方形の大きな図案なので、ネクタイの様に細長いアイテムに使うと生地の取り方によって柄の入り方がランダムになるし、普通だと裏地を充てる部分にも表地と同じものが使われている。表も裏も柄だらけで不規則で賑やかな感じが、僕の好みにぴったりだと思う。

 プリントタイの良いところは、やはり色数の多さと柄の自由度の高さ。例えば規則的なポルカドットのプリントタイも勿論好きだけど、やっぱり複雑な柄にこそ僕は牽かれてしまう。そもそも「プリント」という手法そのものが「染める」や「織り込む」に対して「表面に乗せるだけ」というテクニックなので、僕にとっては、どこか仮面のような性質を持つアイテムに思えるのかもしれない。

 

 ファッションとはある意味の仮面である。自らの精神の形のままに表現しようといくらあがいてみたところで、肉体や精神を衣類という物質に変換した時点で少なからず「自分自身の外側」にあるものに変容してしまう。その軋轢にこそ、ファッションの本質があると僕は考える。

 

言わばファッションとは願いのようなもの。現時点の自分では少し及ばないけれど、いつか辿り着きたい地点。ファッションを通じて外見を先に走らせることができれば、それはマラソンで10m先を行くライバル走者のように自分を牽引しながらどこかへ連れて行ってくれる。そこがゴールなのかどこかは分からないけれど現時点で自分が立っているところよりは、少なくとも先へ。

「八百万の神々が僕らを正しい方へ導いてくれる」なんて、無宗教の僕は全く信じていない。それでもファッションの力が自らに憑依することはあったりして。仮面を被ること自体はそんなに悪いこっちゃない。今の時代、人が生きるのは大変なことだよ。被ればいいさ。頼るのもいいさ。神でも仏でも金でも音楽でもスポーツでもイデオロギーでも、ファッションでも。ただ、仮面を外したその顔の、真ん中より少し上に付いている、ふたつの瞳の輝きは果たしてどうなっているんだい?立派な服を着る度に、僕はそう自問自答している。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。