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STORY

1978年のハイボール(上)

その日は、まだ6月の始めだというのに真夏のような暑さだった。玄関のベルを鳴らされて泥のような眠りから飛び起きた僕はマスタードイエローのドアを開けて、緑色のベースボール・キャップを被った青年の、まるで一夜漬けでマニュアルを丸暗記してきたような棒読みの勧誘(配達食材の定期購入についてだった)を手短に断ると、もう一度ソファに寝そべった。昨晩飲み過ぎたハイボールの味が、喉の奥で三拍子の憂鬱なワルツを奏でている。しばらくして、熱いシャワーを全身に浴びると髭を剃り、バスタオルを腰に巻いたままで冷蔵庫を漁りながらサンドイッチの材料になるものを探した。二日酔いの朝、僕は必ずサンドイッチを食べると(まるでヴードゥー族の伝統的な儀式のように厳粛に)決めているのだ。しかし10分後、僕はツナも卵もトマトもレタスもハムも一向に見つからない我が家の冷蔵庫に対して呪いの言葉を呟きながら、ベルギー製のサイフォン越しに落ちるコーヒーの雫を只ぼんやりと眺めていた。それはまるで泣いているように見えたし、窓の外では誰かが道路に水を撒いていた。

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コーヒーを飲み終わるころ、胃のムカつきとは裏腹に猛烈な空腹感を覚えた僕は、ボタン・ダウンシャツの上から赤色のスウィング・トップを引っ掛けると国鉄のS線で10分乗ったところにあるK駅前に降り立った。足早に繁華街を抜けて裏路地へ入り、ブルーのネオンサインが目印になっているショット・バーのドアを開けると、グラスを磨いている小太りのマスターに目配せだけで「どうも」と挨拶をして、いつもどおり一番奥のカウンター席に座った。マスターがきっかり12分もかけて作ってくれたコンビーフ・サンドを2分で平らげると、僕はチャンドラーの「ロング・グッドバイ」をポケットから取り出して読みかけのページに挟んでおいたしおりを抜き取った。そこで、ふと村上春樹のことを想った。彼の信奉者は世界中にいる。確かに僕も18歳の冬から21歳の夏にかけて、彼が書く小説と短編に随分と読み耽ったものだ。しかし、いま「彼の書く小説が好きか?」と尋ねられたときに、果たしてピンボールのような反射速度で「好きです」と答えられるだろうか。からになった僕のグラスを見ながらマスターが「次もレッド・アイでいいかい?」と尋ねてきた。僕は喫茶店でアルバイトをしながら、月刊のジャズ専門誌にちょっとしたコラムを寄せている。30歳までには物書きとして自立したいと願っている。勿論影響は受けたけれど、村上の真似なんてしてこなかったし、これからもそうだろう。うわの空で「あ、はい、同じものを」と答えた僕に「レッド・アイでいいんだね?」ともう一度確認すると、マスターは慣れた手つきで業務用の冷蔵庫からよく冷えたトマトジュースを取り出して、チェット・ベイカーの「ザット・オールド・フィーリング」を鼻で歌いながらレモンをスライスし始めた。


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村上春樹の文章には特徴がある。特徴があるということは模倣しやすいということ。村上の文体を盗みに来るやつは世界中に溢れている。しかし、文体だけで村上春樹が完成するのであれば苦労はない。「でも、彼らは本当にそれでいいのかな?」と、僕と20年間付き合いのある鼠男が、突然カウンター越しに話しかけてきた。「彼らって?」「盗むやつらさ」「いや、それでいいわけ…」と言いかけた僕は一寸考えた後に「ないじゃないか」と続けたが、その声はマスターがグラスを洗う音にかき消されそうなほど小さかった。

「彼らは安心しているのさ」

そう続ける鼠男に、僕は「安心?むしろ逆じゃないのか?不安と葛藤、いつかコピーがバレるんじゃないかって罪悪感で、国境を守る兵士の様に夜も眠れないんだよ、彼らはきっと」と答えた。「彼らが、熱帯魚のような心を持っているのだとしたら、あるいはそうかもしれないね」と、まるで街頭ヴィジョンで放送される国会答弁を見上げる無党派層みたいな顔をしながら鼠男は言った。「しかし、そもそも彼らにはコピーしてるつもりなんて全くないんだ。だってそうだろ?いまやネットに落ちているものはおろか、本に書いてあることもすべて、まるでタダみたいな扱いなんだぜ?彼らなりに(それなりに)リスペクトを込めて、他人がやったことを素直に取り入れているだけなんだ。それ以上でも以下でもないのさ」そう言い終えると、鼠男はカウンターの物陰へと消えていった。

それ以上でも以下でもない?僕は、やれやれと思った。いつの間にか窓から射し込む西日の角度が変わったようだ。僕は少しだけ目を閉じた後、氷が溶けてすっかりだらしない味に変わり果てたハイボールを一口だけゆっくりと、飲んだ。

Satoshi Tsuruta

International Gallery BEAMS Staff鶴田 啓

熊本県出身。1978年生まれ。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻にまったく興味を持てず、飲食店でアルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。新宿・ビームスジャパンのデザイナーズブランドを中心に扱うメンズフロア(当時)に配属となる。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆まで手がける。2020年よりビームス銀座店勤務。社内外へ活動の場を広げながら、ますます精力的に執筆や商品企画に取り組んでいる。ワードローブのモットーは「ビスポークのスーツからボロボロのジーンズまで」。趣味は音楽・映画・美術鑑賞、旅行、落語、酒場放浪、料理、服。二児の父。