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STORY

着る、CLASS (耐G)

ミニマルなライフスタイルが主流になりつつある現代社会において、レイヤードスタイルは洋服屋をはじめとする好事家だけのものになりつつある。そりゃそうだ。寒いなんて言ったところで日本の寒波はたかが知れている。吸湿発熱素材のインナーを着て保温性と防風性を高めたダウン入りのシェル系アウターを重ねたら、2枚で十分。フロントジップを閉じればインナーも見えないし、ミニマリストはすぐ出来上がる。逆に夏は脱ぐだけ。半袖半ズボンの方が快適に決まっている。吸水速乾の接触冷感素材もある。それに対して否定の気持ちなんて、僕には微塵もない。

しかし洋服屋。せっかく着るならコーディネートを楽しみたい。重ねてなんぼ。 「一緒に、共に」を意味する接頭辞「co-」が付いた「 コーディネート(co-ordinate)」と言うくらいなので、洋服好きとしては「co-co-co-co-ordinate」くらいまではいきたい。だって一生のうちに着られる服の数なんて決まってるんだよ?だったら一回当たりの着数を増やすor 一日三回着替えるしかない。最近ではレイヤードにベストが便利だという事に気づいた。袖付きのものに比べると体感温度を大きく左右しないし、夏場はショートパンツを穿いている時こそシャツの上からベストを羽織ったりする。ジャケット好きの僕としては「一枚羽織っている」という安心感にも繋がるのだ。強いて言うならば、重ね着すると「服地の重さが増す」。まぁ、でもずっと重ね着で生きてきたから、大リーガー養成ギブスを着るわけじゃ無し、そんなの慣れてます。

ファッションにおけるレイヤードの極意、というか基本的な考え方は「重ね着をしても中に着ているものが見えている状態を如何にして多く作るか」つまり「局地戦の積み重ねによる大局感」に尽きる。「内長外短」なんてことをよく言うけれど、つまりGジャンの裾からシャツの裾が見えている状態。丸首同士を重ねるのであれば、インナーに着るネックの方が詰まっていることで首元からチラリと見えるバランスが出来上がる。10代の頃はTシャツにTシャツを重ねて着ていた。高度になると、シースルーアイテムで「透かして見せる」なんてのもある。

ということで「CLASS」からリリースされた2021年春夏のレイヤード決定版アイテムが、ミリタリーのオーバーパンツをベースにした<SUBMARINO>である。オーバーパンツ、と言うだけあってボトムスの一番上に穿くものなんだけど…。


股、腿、膝。

尻、膝裏。

一番上に穿いているのに、容赦なくスーツ地が見えまくり。もはや「穿く」よりも「装着する」の方が近い。ウエスト位置はヒモで調節可能なので、少し下げればベルトだって見せることができる。

着てるのに、着てない。実際には下半身の半分以上が隠れているはずなのに、むしろ「ほとんど見せてる」ような印象になるのは何故だろうか。そういえばマスクには逆のことが言えるな、とふと思った。隠しているのは顔の1/3程度なのに、鼻と口が見えないことで表情が読み取りづらいのだ。目の色以外は「ほとんど隠している」ことになってしまっている。


ちなみに「CLASS」の<SUBMARINO>のモチーフとなったアメリカ空軍の<Anti-G Suit(耐Gスーツ)>は、戦闘機パイロットをブラックアウト(失神)から守るために開発されたもの(※Gとは加速度のこと)。下肢を覆う<耐Gスーツ>内に空気を送り込み膨らませ、下半身を圧迫(血圧計測器みたいなイメージ)することで、高G下で起こる脳の酸欠状態による失神を防ぐのだ。このGを「他人の視線、注目度」と考えれば、マスク時の目元や<SUBMARINO>着用時の股や膝は、過度のGに晒されることとなる。「いやいやいや、オーバーパンツなんか穿くから高G下に置かれてるんだよ、お前。穿かなきゃいーじゃん!」て、ハイごもっとも。でも、ファッションって、人に見られなくなったら裸でもいいわけでしょ?家に籠れば、全裸でもNo-Gだし。結局、見られたいの?見られたくないの?「お洒落でセンスいい人」として「だけ」みんなに見られたいなんてのはムシが良すぎる話なワケで。どっちみち、人は何かを着て何処かへ出かける。価値観が異なる人同士が溢れる世界へ。

洋服屋は、訓練を積んだ戦闘機パイロット。多少のGには、慣れてます。高Gな状況下でしか会えない人と、コクピットのガラス越しに敬礼のサインを送り合うのも、いいもんさ。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。