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STORY

キープレフト・ベークライト

すこし前にトゥアレグ族のリングを買ったら、僕の指輪熱が少しだけ上がった。35.3℃とか、元々の平熱がかなり低いのだけど、それが37.8℃の微熱程度まで上がり、ジワリと小指に何か欲しくなってきたのだ。そこで新たに買うわけではなく、15、6年前?に3000円くらいで買った1950'sのベークライトリング。フランス物だろうか。サイズがキツいのにノリで買ったから、結局は長年引き出しの中に放ったらかしていたものを、ふと思い出した。改めて見てみるとマーブル状に流線型の色が入ったダークブラウンが、まるで木目のようで悪くない。これはトゥアレグ族のプリミティブな雰囲気に合うぞ。そう思った。

久しぶりに小指へ装着してみたところ、やはりキツい。若い頃って指も痩せてるのかな、などと思いながら「このままでは左手小指が鬱血してしまう」と感じた。微熱由来の指輪(3000円)と引き換えに小指を一本失うわけにはいかないので、とりあえずサイズ調整を考えていたら、いつの間にか僕は近所のショッピングセンターにある100均で「サンドペーパーってどこにありますか?」と尋ねていた。そう、内側を削り落としサイズを大きくしようと思ったのだ。


ベークライトとはベルギー生まれのアメリカ人化学者によって1900年代の初頭に世界で初めて植物以外の原料により人工的に合成されたプラスチックのことである。現在のプラスチックとは違い、化学製品なのにどこか深みのある有機的な表情がウケて1920年代頃から盛んにアールデコ的なアクセサリー(バングルやリングなど)の新素材として用いられたようだが、生産期間は短いらしい。ドイツ人デザイナーのフランク・リーダーも彼独特のロマンチシズムからか、デッドストックで埋もれているベークライト製のボタンをしばしば衣服に用いていた。この素材、熱には強いようだが、摩擦にはどうだろう。だが所詮は始祖プラスチック、と僕は買ってきたサンドペーパーで指輪の内側を削り始めた。

初めは#60、徐々に#100~#120とやすりの目を細かくしながら指輪の内側を擦っていく。紙やすりを人差し指に巻きつけ、指輪の中に入れて回転させながら作業していたが、そのうちに手がヘトヘト疲れてきた。ふと思いついた僕は極太マジックにサンドペーパーを巻き、それをリングの中に押し込んで回すことにした。見る見るうちにベークライトは削られていき、初めは内径1.75㎝だった指輪が20分ほどのやすりがけで内径1.85㎝まで広がった。号数に直すと14号が17号まで広がったことになる。

地味作業の甲斐あって、キツかった指輪は楽々と装着できるようになり、僕の左手小指にスポリと納まった。ほら、思ったとおり、イイカンジ。トゥアレグ12monthsリングのトライバルなクラフト感と、ベークライトの木目っぽいけど実はプラスチックな感じがマッチしてると思う。高そうに見えて、実際に高い服って面白くない。というか高級品を高そうに見せたら終わり、って気がする。貴族ならまだしも、僕はフツーの人だから、高い服は雑に着るし安い服は工夫して着る。昔からそう信じてきたので、安いプラスチックにやすりをかけたこのリングは、僕の左手にとてもよく似合っていると思う。




Satoshi Tsuruta

International Gallery BEAMS Staff鶴田 啓

熊本県出身。1978年生まれ。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻にまったく興味を持てず、飲食店でアルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。新宿・ビームスジャパンのデザイナーズブランドを中心に扱うメンズフロア(当時)に配属となる。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆まで手がける。2020年よりビームス銀座店勤務。社内外へ活動の場を広げながら、ますます精力的に執筆や商品企画に取り組んでいる。ワードローブのモットーは「ビスポークのスーツからボロボロのジーンズまで」。趣味は音楽・映画・美術鑑賞、旅行、落語、酒場放浪、料理、服。二児の父。