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STORY

マルタン・マルジェラ

マルタン・マルジェラ。別にファッション通でなくとも、いまや誰もが知っている名前だ。先日、店のウインドウをマルジェラのアイコン「タビブーツ」で飾り付けた。コンセプト及び製作過程は以下の通り。

まず、Canonで撮影したタビブーツを一度携帯に取り込み、インスタグラムで極端なフィルターをかけた後、プリンターから出力。それを更に拡大/縮小しながら今度は白黒コピー機で印刷。繰り返し複製されるうちに解像度も画像のコントラストも変化してしまう。SNSで増幅されるイメージのように本来の姿から微妙に変わってしまったタビブーツの肖像群をウインドウ内にベタベタとコラージュする。中央に最もアイコニックな白ペンキ塗りのタビを鎮座させて完成。おまけとしてアンティークのシューツリーと私物のポラロイドカメラ(どちらもこの靴やディスプレイには直接関係していない)を添えた。オリジナリティ亡きコピー万歳の世界へ向けたアイロニーと言えば大袈裟だが、僕なりにオリジナルへのリスペクトを込めて製作したつもりだ。

10年近く前に始まった例の90年代リバイバルの結果、世の中はマルタン・マルジェラの模倣品で一層溢れ返った。マルジェラのコンセプトをなぞるだけならまだしも、中には「深い思索を経て僕が初めて提案する実験的ファッションです」みたいな顔をするデザイナーもいた気がする。いや、マルジェラのコピーですとは言えなくても、せめてオマージュとかリスペクトだとは告白しろよ。どっちみち僕らはマルタン・マルジェラの影響下から決して抜け出すことができない世界に生きている。それほどマルタン・マルジェラは「発明」だったのだ。彼が示したファッションの新しいコードのすべてをここで説明するつもりはないが。

また、この場合の「影響下」とは賛否両論のどちらも含む。25年ほど前、ジョン・レノンに拝啓を捧げる日本のヒット曲があったが、つまりある人種にとってはビートルズやマルジェラのことが嫌いだと大声で言うこと=自分のアイデンティティと考えられるほど、結局は無視できない大きな存在なのだ。経験上、マルジェラに対する意識は3つに大別される。①マルタン本人期(エルメスも含む)のみリスペクト。②今も昔も好き。③嫌い。で、多くの場合①と③の人たちは「マルジェラ着とけば間違いナイっしょ」という、マルタン本人の思想とむしろかけ離れた行為に対して嫌悪感を露にする。そして③の人たちは「4本の白いステッチ」や「ハの字ジップ」「タビブーツ」などのアイコンを他人に見せびらかすためのものだと思っている(僕は思っていない)。ちなみに、背中の白いステッチについては洋服屋仲間でもよく話題に上がる。買ってすぐにステッチをハズして着る、という人もいた。僕が初めてマルジェラの製品を買ったのは18、9歳の頃('97年?)。長い年月を経て、現在はステッチをハズすことも隠すこともなくなった。

それにしても、これほどまでに人の自意識や自問自答を掘り起こすブランドはない。常に議論や比較の対象になるという意味で、他に思い当たるのはCOMME des GARCONSくらいか。勿論、COMME des GARCONSはマルタン・マルジェラにも多大な影響を与えている。コピーを量産するブランドが増えれば増えるほど、その存在が益々巨大化していくという意味ではココ・シャネルに近いと言えなくもない。マルタン不在のいまも、マルジェラの名前はファッション界に大きく横たわっている。まるで避けては通れない踏み絵のように。

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Satoshi Tsuruta

International Gallery BEAMS Staff鶴田 啓

熊本県出身。1978年生まれ。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻にまったく興味を持てず、飲食店でアルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。新宿・ビームスジャパンのデザイナーズブランドを中心に扱うメンズフロア(当時)に配属となる。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動し現在に至る。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆まで手がける。ワードローブのモットーは「ビスポークのスーツからボロボロのジーンズまで」。趣味は音楽・映画・美術鑑賞、旅行、落語、酒場放浪、料理、服。二児の父。