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STORY

逃した終電の遠ざかる赤いテールライトと五反田の夜蝶、蚊とんぼ・・・おにやんま。



改札からホームへと続く上り階段の中腹で無情のホイッスルは短めに響いた。
「またやっちまった。」
しかし俺は自己嫌悪を噛みしめる為に誰もいないホームまで一気に駆け上がった。列車の電光掲示板にはすでに始発の文字。ごった返しているイメージしか涌かないこのホームの風景に俺1人。無音。どんどん小さくなるレッド・ライトを見送りながらその後の展開を考える・・考える。いや、考えるまでもなく五反田といえば・・・
『おにやんま』
五反田駅徒歩2分、四国うどんの立ち食い店にして目黒区うどん人気ランキング1位をキープし続ける行列店。

店・・全国的にも稀なコの字型のカウンターでオープンキッチンを囲む独特のスタイル。コの字の1辺に3名、合計9名で満員となる。日中は戦場と化すオープンキッチンと言う名の全開厨房。良く認可が下りているな、と感慨しきりなほどのワイルドさ。汗、油、ゆで汁、溶き衣。幾重にもしぶきが飛び散っている様はまるで香港の旺角を思わせる。カウンター下の足元に年期の入ったかごがある。簡易荷物置きだ。

うどん・・なんとこの店舗には隠し階段がある。全開厨房上の天井から避難はしごが下りて来るのだ。じつはこの店舗の2階で自家製うどんを打っている。天井が開き人が下りてくるのはのはうどんの補充か自動販売機の釣り銭補充の時のみだ。

名物とり天・・四国スタイルのうどんではあるが大分県の郷土料理 とり天がここの名物。どうりで美味いはずなのが五反田鶏肉専門店『信濃屋』が鶏肉を納入している。軽くクリスピーな衣の下には十分な水分量の若鶏肉。決して揚げ締めない、柔らかな歯触り、そして臭みを消すほんの少量の粗挽き黒こしょうの下味。まさに大分スタイルの唐揚げが3つ乗ってアンダー500円。ダシとうどん共に半透明&塩分強めは四国風。うどんのエッジはいつも直角、そして滑らかな舌触り。懐に優しく美味いの一言。

味覚というのは不思議なもので頂いた場所、時間、空気感で全く印象と後味が変わってしまう。特にこの終電後の五反田おにやんまは昼間の様子から一変する。どこからともなく夜のプロ達が集まりカウンターを囲む。タクシー運転手、酔っぱらい、客引き、蝶、そして終電を逃した俺。コの字に向き合いながら無言でとり天うどんを喰う5人。夜専門な者同士、心の底ではお疲れさんと言っている。しかし決してお互いに干渉はしない。なのにこの一体感はなぜだろう?
「まるでキャンプファイヤーだな、このポジショニングって。」
ただなんとなく、丸くなって、手をつないで揺らめくほのおをみつめた昔の記憶。ここでトム・ウェイツの「Tom Trauberts Blues」辺りが何処からともなく流れて来たら、今宵のうどんの味はどのような思い出として心のなかに残るだろうか?
「ごちそうさん」
外の夜風が心地いい。さて、今回も恵比寿の事務所まで2駅歩いて自転車で帰るとするか・・・。


Manabu Kobayashi

Slowgun & Co President小林 学

1966年湘南・鵠沼生まれ。県立鎌倉高校卒業後、文化服装学院アパレルデザイン科入学。3年間ファッションの基礎を学ぶ。88年、卒業と同時にフランスへ遊学。パリとニースで古着と骨董、最新モードの試着に明け暮れる。今思えばこの91年までの3年間の体験がその後の人生を決定づけた。気の向くままに自分を知る人もほぼいない環境の中で趣味の世界に没頭できた事は大きかった。帰国後、南仏カルカッソンヌに本社のあるデニム、カジュアルウェアメーカーの企画として5年間活動。ヨーロッパでは日本製デニムの評価が高く、このジャンルであれば世界と互角に戦える事を痛感した。そこでデザイナーの職を辞して岡山の最新鋭の設備を持つデニム工場に就職。そこで3年間リアルな物作りを学ぶ。ここで古着全般の造詣に工場目線がプラスされた。岡山時代の後半は営業となって幾多のブランドのデニム企画生産に携わった。中でも97年ジルサンダーからの依頼でデニムを作り高い評価を得た。そして98年、満を持して自己のブランド「Slowgun & Co(スロウガン) / http://slowgun.jp 」をスタート。代官山の6畳4畳半のアパートから始まった。懐かしくて新しいを基本コンセプトに映画、音楽等のサブカルチャーとファッションをミックスした着心地の良いカジュアルウェアを提案し続け、現在は恵比寿に事務所を兼ね備えた直営店White*Slowgunがある。趣味は旅と食と買い物。