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STORY

Rollの所在


東京飯田橋にあるギャラリー・Rollは僕の古い友人でもあるキュレーター・藤木洋介が2021年に開業して以来、(コロナ禍のど真ん中に、しかもアート?ホントに大丈夫?という周りの不安や心配をよそに)いまも古いヴィンテージマンションの一室にひっそりと佇んでいる。僕にとっても度々足を運んでは展覧会を観賞したり人に会ったりする場所になっており、こけら落としとなった大和田良氏の写真展「宣言下日誌」や、不思議の国のアリス症候群をテーマにした木村和平氏の展示「石と桃」ではそれぞれ作品を購入させてもらうという素晴らしい出会いもあった。



昭和からそのままタイムスリップしてきたかのようなセピア色。レトロで静謐なムードのロビーを抜けて、マンションの奥へ進むと現れるその場所。その一室。



最小限の採光窓から射し込む光は、このあとに訪れる(人や作品との)出会いを静かに告げるオープニングロールのようだ。



20年以上僕と同じ会社にいた藤木が独立してギャラリーを立ち上げる時、彼の口から「会社の名前はYosuke Fujiki van Goghにしようと思う」と聞いた僕は「マジか、こいつ。イカレてんな」と思ったけれど、時間の経過とともに(そのイカレた名前が)不思議と馴染んで思えるのはこの場所がこの世界に実在するからだろう。ちなみに彼にとって「van Gogh」とは兄・ヴィンセントのみならず、弟・テオを含めたファン・ゴッホ兄弟の関係性そのものを指す言葉らしく、ギャラリー名「Roll」とは人と人との関係性の中で「転がる、回転する」ものこそがアートであるということのようだ。



2023年3月、この日は野原かおり氏による絵画の展覧会「← →」を鑑賞した。ちょうど野原氏も在廊中だったので、少しお話をさせてもらった。僕が「作品全部が人間(の顔)に見えました」と率直な感想を述べると、藤木と野原氏は顔を見合わせ「その感想は初めてだ」と口を揃えて言った。その時、僕らの周りでたしかに何かがRollしていたと思う。

偶然か必然か。この1~2年で僕の友人・知人たちは皆それぞれの「場所」を持ち始めた。藤木のギャラリー「Roll」をはじめ、エリスさん北村さんのフォークアートショップ「MOGI」、大島拓身氏の古着屋「Bon Vieux」、岡村忠征氏の映画館「Stranger」…。そうそう、当コラムでご一緒している山下英介さんも江戸川橋に素敵な事務所を設けられている。そのどれもがコロナ禍でもがく世界の片隅に、彼らが心血を注いで作り上げた「場所」なのだ。



先日、中目黒で16年続くセレクトショップ・Vase(オーナーの平井さんは同郷・熊本の先輩)の貸しスペースで「にわか雨」というフリーマーケットを開催した。遡れば二年前に企画したこのイベントの初回。当時の社会的な閉塞感をDIYで打破したいと思って仲間をふたり誘い、頼まれもしないルックやテキストまで自前で用意して臨んだ。前回に引き続き、今回も多くの人が集まってくれたし、そこで初めましてとなる人も含めて「場所」があることで生まれる出会いがあることも実感した。無条件に楽しかった。写真上、「にわか雨」の夜に僕ら三人が見せた屈託の無い笑顔。右端に写るキッシーもまた、この春に高円寺で古着屋という「場所」を持つ。さて。



「場所」とは物質的なロケーションとは別に精神的な拠り所を指す場合もあるだろう。つまり「居場所」。これは子供たちの不登校問題などが顕在化し始めた昭和の途中に生まれた概念だろうか?その後、インターネットの発達とともに「居場所のなさ」を感じていた若者たちの受け皿=コミュニティがSNSなどを通じて細分化され、現代社会の多様性に繋がった…なんて話は果たして本当だろうか?ちなみに僕は不登校になったこともないし、勉強もスポーツもまぁまぁ出来た方なので、学校が嫌になる理由は特別なかったと思う。しかし、ただ、ずっと退屈だった。何に対しても強いモチベーションで臨むことができないままに生きてきた。それでもそこそこ何とかなってきたから、なおさら所在なさげに生きてきた。学生時代に洋服屋でアルバイトを始めるまでは。そこで初めて僕は「カッコいい」と思う大人に出会い、「なんとか食らいついてでもいいから、この人たちとともに生きていきたい」と思った。それが、たまたま「ファッション」だった。当たり前だけど、「ファッション」は僕の為にあらかじめしつらえられて、用意された場所ではない。しかし、それはいつの間にか僕の居場所になっていた。そこには夢中で何かをやっている大人がいたから。つまり、「場所」は「場所」でしかなく、「居場所」は「人」でしかないのだけれど、夢中で何かをやっている「人」がその「場所」にいるのならば、僕はそこに行ってみたいと思う。それがギャラリーだろうと映画館だろうと洋服屋だろうと。そうなるともはや、僕は「ファッション」を居場所にはしていないのかもしれない。一方で、僕自身が夢中で何かをやることでしか辿り着けない、他人にとっての「場所」や「居場所」そのものになりたいと思っているような気もする。そして、いま僕は学生時代のように所在なさげな顔をしながら生きてはいない。自分の所在は自分で作る。先だって「場所」を作り上げた僕の友人たちが自らの所在を高らかに表明したように、僕もまたそうでありたい。何かに従属するのではなく、対等であること。それが藤木にとってのRollであり、僕にとってのRollでもあるのだから。



Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。