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STORY

大竹の時間


2023年1月末に鑑賞してすぐ、このコラムであれこれ書いてみようと思っていたのに気づいたらもう3月の頭じゃねーかよ、会期とっくに終わってるし、大竹伸朗展。とりあえず鑑賞の興奮冷めやらぬまま、SNSに書き散らかした当日夜の僕の感想は以下のようなもの。

この人の速さは昔読んだお気に入りの本「カスバの男」(内にあるスケッチのタッチ)で知っていたけど、この速さを以てしてここまで重たく大きく分厚く作ることは、30年という膨大な年月や逆に30分という些少な時間をこま切れにしてタイムコンプレッションとエクスパンションにかけたりかけなかったりしながらミルクフレッシュで割りマドラーで掻き回すような、三半規管も渦を巻くタイムトラベル。しかも大竹の場合、そこに他者との距離や他者が過ごした年月を取り込んだ上で薄く裂き伸ばし乾かし、その薄皮をFUJIYAのホームパイのように何層にも重ね、最後に表面を甘くキラキラに固めてコーティング。オーブンでこんがりと焼き上げる。つまり、あちらの空腹感とこちらの自己顕示欲の差を求めた上でその数値に自然界の摂理を加えたX軸、他者の時間÷大竹の速度×製作所要時間の解を網膜と鼓膜のフィルターにかけて四捨五入せずに抽出した数値Y軸、鑑賞者のイマココ地点Z軸、それらすべてが交錯する座標で宇宙遊泳のようにプカプカと浮いている大いなるゴミの塊=大竹伸朗展。

って、何書いてんだか、さっぱり分からぬ。我ながら。



竹橋の駅を降りて毎日新聞ビルの階段を上り、皇居のほど近くに建っている日本で最初の国立美術館=東京国立近代美術館(The National Museum of Modern Art, Tokyo)の前に着いて空を見上げたらそこは「宇和島」だった。イマココ、何処ココ?

とにかく、館内に一歩足を踏み入れるとそこには絵画、版画、素描、彫刻から映像、音、インスタレーションまで圧倒的な物量のジャンクフードが蠢いている。まるで大竹伸朗の脳内を半世紀の大河に見立てたようなジャングルクルーズ、いや、山林の奥深く、カーツ大佐の代わりに大竹が潜んでいる地獄の黙示録。ともかく、常軌を逸している。














ともかく、このマグマみたいな熱量をこのシグマみたいな物量で見せられたら、シラフのこちらはとてもじゃないけど、タマラン。インタビュー映像の中では大竹が段ボールを引き裂きながら「ほら、ここにも新しい面が姿を現したでしょ」と笑っている。


破壊的で構築的なオブジェクトを前に、鑑賞者はみな立ち止まり、立ち尽くし、何かを考える。例えば、それは時間について。




(僕はファッションの人間なので、どうしてもそういった例えになってしまうので恐縮だが)熱意のある職人が洋服を作る時に、表面的には即座に姿を現さない部分にもみっちりと考えを巡らせ、こだわり、何度もやり直しながら、ひと針に魂を込めながら、作りこむ。みたいな。いや、もちろん、そういう作業工程としての熱量とか質量とか所要時間とかもそうなんだけど(その熱意がクオリティやクリエイションに直結しやすい)洋服作りと違って大竹が割いてきたエネルギー×時間は全然結果に結び付かない、結び付いていない。ただ「大竹が時間を過ごしてきた」という事実だけがそこにごろりと横たわっている。見よ、写真上のスクラップブックが体現する時間の厚み。開かれることのないページ。

何かで聞いたことがあるけれど、一番残酷な拷問のひとつに「地面に穴を掘らせ、それを埋める。その行為をいつ終わるとも告げないままで延々と続けさせる」というものがあるらしい。

大竹伸朗に関しては、「A地点にあったモノをB地点に移すことでモノ自体の機能や特性を変質させる。その行為を延々と続けていくと当然のように時間軸の中でもA地点とB地点が移ろいゆく」、つまり「時間・速さ・距離」という小5の算数に出てきそうな問題プールの中を悠々と泳いでいるだけであって、そこには「頑丈に作る」とか「シルエットをきれいに」とか「ステッチを美しく」とか「動きやすいように」とか「箸で切れるとんかつ」とか「滑らかな口当たり」とか「爽やかなのどごし」とか「体制側の人間にぎゃふんと言わせる」とか「選挙に勝つ」とか「異性を口説き落とす」とか「地球環境にやさしく」とか「健康」とか「大儲け」とか、そういった目的がなぜか微塵も感じられない。そして、目的がないほど怖いものはない。よく少年漫画でもあるでしょう。主役が悪役に向かって「きっ、きさまの狙いはなんだ!?」みたいな。で、悪役は不気味な笑みを浮かべながら「これから死んでゆくお前はそれを知る必要がない」とか言っといて、そのうちに「冥途の土産に教えてやろう…」なんて、やっぱり言いたいんでしょ、目的。そしたら案の定、THE・フツーな感じで「世界征服」とか、それって要するに「モテたい」ってこと?あとは「復讐」とかね。


鑑賞後のミュージアムショップに立ち寄ると、いつも無性に物欲が増す。どうしても何かしらの大竹伸郎グッズが欲しくなった僕は「ニューシャネルのTシャツは昔から街でよく見かけるので」という理由でニューシャネルの前掛けを買った。藍で帆布を型染めした本格的な酒屋スタイルの前掛け、¥22,000‐だった。特に使用目的はなかったけれど、せっかく買ったので自宅でキッチンドランカーをキメ込むときに巻いてみたり、池袋で昼酒を飲むときに巻いて出かけたりしている。しかし意外とこの前掛け。酒席での評判が良く、周りから「かわいい」とか「カッコいい」とか言われると無性に恥ずかしくなってきて「いや、酒飲むと食べこぼすから、もうオジサンだから、わし」とテキトーにお茶を濁している。つまり前掛けを巻いて、くだを巻いている。

そういえば昔、「箸で切れるとんかつ」と謳っている店で割り箸を使ってとんかつを切ろうとしたら、箸が真ん中からボキリと折れた。「箸を折るとんかつ」を眺めながら、なんとなく「ばつの悪い気持ち」になった僕は店員に気づかれないように折れた割り箸をさりげなく盆の隅に隠し、代わりの割り箸を頼んだ。こんなときも、大竹伸朗だったら「とんかつに折られた箸」の断面を使ってスクラップを作るんだろうね。とか、ぼんやりと思う時間の過ごし方。目的のないコラム。開かれることのないページ。宇宙遊泳のようにプカプカと浮いている大いなるゴミの塊。




Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。