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STORY

職人のカタチ


先日、知人に連れられて三宿までピザを食べにいった。世田谷公園の向かいにあるドミノ・ピザの隣の半地下。原宿のキャットストリートでいつも行列ができている人気店「ケベロス」の2号店がまさかこの閑静なエリアに出来ているとは。そもそも、外食といえばひとり居酒屋、ピザとなれば子供らにせがまれてチェーン店のデリバリーに落ち着いてしまう僕だから、ちゃんとしたピザ屋に足を運ぶことは正直あまりない。が、「絶対にウマいから行ってみようよ」と誘われて三宿。牛に引かれて善光寺。平日の昼間から僕は住宅街の奥深くへよちよちと出かけていった。ランチタイムの終わりごろ、気持ちのよい外光が差し込む店内、まずは試金石とばかりに最もシンプルなマリナーラを頼んでみた。



うわ。ウマ。なにこれ。



あまりのウマさと生地の軽さにヤラれて立て続けに(3人で)3枚も平らげてしまった。同店スペシャリテのマリナーラ(写真上)は旨味を凝縮したという「熟成ニンニク」のパンチが効いておりトマトソースのフレッシュな酸味と甘味を一層引き立てている。ロックフォール(写真下)はブルーチーズの豊潤な香りが食欲を掻き立て、塩味よりも旨味が際立つ。半分食べたあたりで自家製のアップルハニーをちょい垂らしする至福。そして、写真を撮り忘れるくらい瞬殺だったのが、ポルチーニ茸のピザ。香ばしく焼き上げられた生地とキノコ、チーズの香りが混然一体となって鼻腔をくすぐってくる。気づいたら、あっという間に皿が空いていた。


ピザの合間に食べたロメインレタスのサラダ(豪快にカットしたロメインレタスに軽く焼き目を付け、香草、クルトン、ナッツなど具沢山のドレッシングをかけたもの)はグリルしたおかげでレタスの甘みが引き出されていながらも、シャキシャキのフレッシュな食感はしっかりと残っている。


他、白レバーのムースや大山鶏のガーリックチキンなど、サイドメニューも充実しており、ランチタイムでなければボトルワインが3本は空いてしまいそうな勢いだった。

それにしても、この軽さ。デリバリーピザだと3カット食べただけでギブアップの僕が、まるまる1枚分を食べられてなお、まだ食べたくなるようなこの軽さ。香ばしく焼き上げられた耳の部分とは裏腹に、センター部分は薄くてしっとりモチモチとした食感。このピザを作るのはどんな人なのだろうか。連れの1人がシェフの小原氏と旧知の仲だった為、話を訊いてみた。氏は、奇しくも僕と同い年だった。


小原直氏は多摩美術大学を卒業後、内装職人として働き、スペイン料理店勤務を経てビザ職人に。一風変わった経歴だが、自らの手を使って物を作るという点では一貫しているような気もする。小原氏が料理人として(味や素材を何層にも重ねていく、例えばフランス料理の道ではなく)ピザ職人の道を選んだのは「小麦粉、水、トマト、以上!」というシンプルさ故に、だと言う。故に、追及する。研究する。分析する。その日の天候は言わずもがな、室内外や粉の湿度、気圧など、生地に関わる全ての条件を毎日データ化し、分析しながら生地を作るらしい。徹底した温度管理の元で発酵させる生地は、複数のワインセラーで24時間以上も熟成させるという。などと書くと、それでは料理人よりもむしろ化学者のようではないか、と思う人もいるだろうか。しかし。



釜の温度を見極める小原氏の視線は真剣そのもの。炎のわずかな機微も見逃すまいと、僕と談笑する間にも適宜タイミングを見ては特注の釜の温度を細かく調整している。彼の手と眼は職人のそれそのものである。小原氏が作る生地は通常では考えられないほどの高加水生地(つまり少量の小麦粉に限界まで水を入れて作る生地、例えばナポリスタイルのピザ)だという。なるほど、あっという間に焼きあがる生地の軽さと、短時間の火入れで済むが故の具材のフレッシュさ。しかし一方で、小原氏の生地は極めて水が多いため発酵の加減は非常にナイーブで、トロトロの生地は何よりも成形しづらい。あらゆる局面で集中力を高めていかなければ、焼き上がりに辿り着けないだろう。朝の出勤時に同僚がその日に着てきた洋服を見る時ですら、「あ、今日は昨日よりも少し肌寒く感じるんだな。だとしたら発酵の度合いは…」という具合に職人の観察眼が働いてしまうらしい。



職人に必要とされるのは手先の器用さだけではない。先日、僕のスーツを仕立ててくれた大島氏からも感じたことだ。観察眼、集中力、そして感性。一流の職人たちの仕事からはそのすべてを感じ取ることができるし、ケべロスのピザから香り立ってくるものも、まさにそれだった。小原氏は以前、ピザ作りに集中しすぎて気づいたらヨダレを垂らしていたことがあったらしい。まるで、バガボンドの宮本武蔵である。副交感神経を置き去りにしてしまうほどの集中力。どれほどに研ぎ澄ませば、そのような境地に辿り着くことができるのか。僕は今、この記事を書きながらヨダレを垂らしているが、それは集中力の賜物ではなくケべロスのピザの味を思い出しながら思考が寄り道ばかりしているという邪念の産物だったりする。


僕のような洋服屋にとって、職人とはある種あこがれの存在である。それは只の無いものねだりかもしれない。では翻って考えるとき、僕が彼らに対してできることとは何だろう。そういえば32年も和菓子職人を続けている知人が言っていた。「俺はクルーザーを買えるほどのお金持ちにはなれないよ。でもさ、クルーザーを持っている友達がいればいいんだよ。そういうことだと思うよ」

僕の周りには和菓子職人がいる。沖縄でレストランを開業した人もいる。映画館を始めた人もいる。アートギャラリーを作った人もいる。小説家もいる。写真家もいる。デザイナーもいるしビスポークテーラーもいるし古着屋もいる。そして、通いたいピザ屋まで出来た。

自分にしかできないことはナンダ?堂々巡りで考えるよりも先に、まずやること。なんでもいい。そしてやり続けた結果、ふと自分の周りを囲んでくれる人たちの顔ぶれを見た時にいつの日か分かればいいと思う。その顔ぶれの集合体、そのフォルムこそが自分にしか作れないものだったりするんじゃなかろうか。なんて。あ、またヨダレ出てた。三宿ケべロス、皆様も是非どうぞ。




三宿ケベロス
東京都世田谷区池尻1-7-19 三宿タイニーテラス 1F
水~金 11:30~15:00/18:00~22:30
土日祝 11:30~15:00/17:30~22:00
03-6450-7133
https://mishuku-kevelos.favy.jp/
IG:@mishuku_kevelos

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。