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STORY

極寒用ブーツのいざない

Ludwig Reiter製の乗馬ブーツを一足所有している。一応レースアップではあるのだが、ベロからそのまま一体化したような膝下まで届く長~いシャフトはこの靴の着脱を非常に難儀なものにしており、ぐるりと巻き付けてバックルで留めるレザー製のシューレースには足首を固定する力こそあれ、脱ぎ履きを楽にする機能は一切ない。

この「死ぬほど着脱しづらいロングブーツ」を10年前に買った理由は、乗馬をやらない僕にとって只二つだけ。それは「見た目がカッコいい」&「雨風に強くて頑丈、あったかそう」。前者は気分に依るものだけど、後者には実用性が伴う。せっかくだから機能を活かしたくて、今までにも一月末のヘルシンキや二月の金沢など、極寒&豪雪で名高い地域へ旅するときには必ずこの靴を履いて出かけた。が、結果はいづれも見事な肩透かし。なぜか僕が出かけるタイミングでその地域ではヌルい雨が降るなどして「先週まで積もっていた(らしい)」雪をすべて溶かしてしまうのだ。レザーソールでも普通に歩けそうなほどアスファルトが見えている北国の街中をアホみたいに剛健なロングブーツで無駄に歩き回った夜にはホテルの部屋でブーツ脱ぎに苦戦するという空しい結末。これでは「新調したばかりのタキシード姿で張り切ってパーティーに出かけたところ実態は只の合コン、自分以外のメンバーは全員Tシャツ野郎ばかりだった、しかもトイレではカマーバンドが邪魔すぎる」に等しいくらい、冷たい笑いを誘う無為である。

しかし、今回ばかりは間違いなくチャンスが巡ってきた。札幌の服飾専門学校から執筆の発注を受けた僕は、前日の夜からホコリまみれのブーツにブラシをかけて乾いた革に油を入れた。二日前に「ドカ雪」が降ったらしい札幌にはたっぷりと雪が積もっているに違いない。雪よ、来い。いざ、かまくら。いや、札幌。膝まであるブーツを足首までを雪に埋もれさせながら高笑い、余裕綽々の態度で街中を歩こう。積年の恨み、ここではらさでおくべきか。魔太郎のように不気味な目つきで、僕は羽田空港へ向かった。

当日の朝、空港で待ち合わせた今回の相方・KはなぜかParabootのダブルモンク「William」を履いていた。札幌出身の彼は「え、そんなローカットとかでいいの?」という質問に対して「ま、こんなもんすよ、一月ならダナーかなぁ」と答えた。

果たして、AM8:00に到着した札幌で雪は降っていなかった。車道はびしょびしょに濡れており、舗道では踏み固められた雪が3~5cmくらいの厚みで凍っていた。舗道の脇にはけっこうな量の雪が固まっていたけれど、現地の人によると「昨日までは荒れていたが、昨日・今日はむしろ暖かい」らしい。足元だけでなく、防寒対策で着てきたMARNIのメルトントレンチコートとNAMACHEKOのファーベストもなんなら少し暑いくらい。すべてがオーバースペック。たしかにゴム底のローカットで充分。

まるで小学生が霜柱を踏んで感触を楽しむかのように、僕はわざわざ舗道脇に寄せられた雪山に足を埋めながら歩いた。サクサクと、軽い音が足元で響いていた。

なにより驚いたのは、今回の出張の目的である撮影&取材で訪れた専門学校の学生たちが男女問わずごくフツーに(Saint Laurentのハイヒールブーツなど)華奢なレザーソールの靴を履いて通学していたこと。「えっ?それで普通に歩けちゃうの?凍った地面の上」と尋ねる僕に「転ぶこともあるけど、意外と大丈夫ですよ」と爽やかに答えてくれた。

そう、結局僕は只のストレンジャー。ハイヒールでも凍結した道を歩けるのは、その地で育ったという「慣れ」の結果。よそ者の僕が現地の状況を想像しながらリアルな装備を整えるにも限界がある。ならば、この着脱しづらい乗馬ブーツには、やっぱり今まで通りに東京の乾いたアスファルトの上でファッションアイテムとして活躍してもらうことにしよう。このブーツを購入した「見た目がカッコいい」&「雨風に強くて頑丈、あったかそう」という二つの理由の後者を一旦忘れることにした僕は、札幌市内の居酒屋の玄関でブーツを脚から引き抜こうとして、うんうん唸りながらもがいた。

Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。