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緑色のファッション、小物、文房具23歳の天才トレンドセッターと緑のオールスター。

1996〜97年、ボクは岡山の工場に席を置きデニムの勉強をさせてもらいつつ、今で言うODM(デザイン提案付き生産請負業)を生業としておりました。クライアントは海外のハイブランドから、当時流行していたスタイリストブランドまで様々でした。とにかく何が楽しかったって、各ブランドさん達が掴んでいる最新の流行情報をボクに話してくれる事。カクカク云々でいまコレが熱い!なのでこんな感じのを作って!すべて打ち合わせはこんな具合でした。ボクの人生に於いても、今となってはこの時期の体験はかけがえなく、アフターバブルの余韻とともに数量的にも充実した日々を送らせていただいておりました。そんなクライアントの中の1つにザ・裏原宿と言える様な shop さんがありました。当時、ボクが29歳、オーナーは23歳と、こんな年齢バランスだったんです。若いっスよね。2人共。とにかく彼はシューズ事情にはめっぽう強く、ビルケンシュトックを裏原に持ち込んだのは彼だった気がします。確かボストンの形にハラコ素材をあてがったシューズを、何をどうやると受けてもらえたのかは謎ですが彼別注で作らせ、当時のカリスマ俳優に穿いてもらい、メンズファッション雑誌「 BOON 」に掲載され大ブレイク、ボクの商談中、店舗の電話は鳴りっぱなしでした。1足4万近い上代設定にもかかわらず電話をかけてくる購入希望者情報を、大学ノートに汚い字で彼はせっせと書いておりました。3日間で500足を軽く超えていたと記憶しております。後になってコレだけで¥4000万儲かった〜なんて報告を貰うにつけ、ただただ23歳の怪物君のスケールのデカさを思い知ったのでした。さて、今回の Amvai 緑のアイテムですがこれも彼との思い出の中から書かせていただきます。当時はナイキ「エアマックス95」の余韻からハイテクスニーカー全盛で、月にでも行くんか!?的なビジュアルのファットなフォルムの靴だらけな中、H・Fさんが突然 Pro-Keds「ラストコロンビア」のスエードスニーカーを持ち上げて、イッキに『ローテクスニーカー』の流れが来たんです。そんな動きを事前に察知していた23歳の怪物は、当時流行っていたグレイトフルデッドにかこつけて80年代製、メキシカンラグに出てくる様なギラギラの原色の銀箱オールスターを巨大冷蔵庫4つ分の手荷物で、アメリカからすでに持ち帰っておりました。この写真のグリーンのコンバースもその時の1足です。コレを穿いていると心ある同志達からは最高の色、最高のU.S.メイドっすね!と必ず褒められます。冷静にみると結構エグいグリーンなんですけどね。スニーカーとしてのみ存在が許されるトーンとでも申しましょうか・・・。怪物は当時、その巨大冷蔵庫4つ分のオールスターを1足5ドルで仕込んだそうです。それを彼の裏原店で9800円と値付けし、一瞬で完売させておりました。『小林さん、また儲かっちゃいましたよ〜』ハイ、降参です。もはや言葉もありません・・。彼の様な嗅覚の効く若き最速トレンドセッターとまた仕事がしたいなーと思う今日この頃でした。