実を言うと、イタリアのサルトを代表とするクラシコ界隈の方々って、とにかく我が強い方が多い。「なんでアイツより俺のほうが扱いが小さいんだ」とか、「どうしてアイツの後のページに出なくちゃいけないんだ」とか、「アイツが出るんだったら俺は出ない」とか、もうぐっちゃぐちゃなのである。僕の知る雑誌編集長は●●●●●が登場している見本誌を業界屈指の奇人として知られる●●●●・●●●●●に見せたところ、その場で破り捨てられたとか。
そんな彼らをまとめきっただけでも拍手ものだが、この本には僕も知らないサルトリアがたくさん登場しており、読み応えたっぷり。ビジュアルも美しく、P118に登場するアントニオ・パニコの白いリネンのジャケットなんて、もうヨダレものの曲線美なのである。
著者の長谷川喜美さんはもともと英国のものづくり全般に造詣が深く、英語にも堪能。2012年には『サヴィル・ロウ』というビジュアルブックも制作しており、「英国」のイメージが非常に強い方なのだが、近年イタリアのものづくりに開眼。ほんの数年でこんな大作をものにした上、イタリア語までけっこうなレベルで習得しちゃってるのである。それでいて忘年会や飲み会でお会いすると、絶対に最後まで席を立たない点もすごい。いったいいつ寝ているんだろう……?
僕などはピッティ・ウォモに行くたびに「これからは英会話教室行くぞ〜」なんて張り切るのだが、毎度目先の忙しさに負けてしまうのだ。ああ、情けない。
それはさておき、イタリアンサルトの本というと、僕のようなクラシック系ファッションエディターにとっては聖典とも言える書籍がある。現在は森下の「ヴェッラ・ナポリ」の店主として知られる池田哲也さんと、片瀬平太さんによる『ナポリ仕立て 奇跡のスーツ』(集英社刊)だ。こちらの本が出版された2006年といえば、ハンカチ王子の全盛期。いわゆるクラシコイタリアブームが鎮静化して、セレブカジュアルのようなスタイルが主流だった頃だ。恥ずかしながら僕はまだローライズ&ブーツカットのジーンズをはいていた! 当時は職人の高齢化や後継者難、若い世代の仕立て服離れが不安視されており、この本には「ナポリ仕立ては10年後にこの世から忽然と姿を消す」とまで書かれているのだ。
それからはや12年。わが国ではイタリアで修行していた若い職人たちが続々帰国し、東京なんてもはやサルト天国。中国では経済成長とともに消費も洗練され、センスのよい30代の若者が世界中でスーツをつくりまくっており、その潮流はSNSによって東アジアやヨーロッパ、オーストラリアなどにも拡散。もはやサルトリアのスーツはブランドものよりインスタ映えする、ステイタスアイテムだ。さらに、それに伴って英国やイタリアの若者たちも、改めてスーツが格好いい洋服で、仕立て屋が魅力的なビジネスであることに気付き出している。
つまり未来は変わったのである!
長谷川さんの「サルトリア・イタリアーナ」と池田さんの「ナポリ仕立て」、2冊を読み較べるのも面白い。
「オーダーしたからこそ馴染んだ」と思えたもの、そんなモノが男にはある。AMVERが選んだオーダー品はどんなものなのか。
買ったけれど着ない服、いまとなっては着ない服、袖を通すことができない服……。1900年初頭にフランスで作られたリネンシャツ、Trout manのシャンブレーシャツ、貴重なポパイのTシャツなど、AMVARたちの「着られない服」。
90年代のゴムバンド Swatch、織り糸に水を弾く機能を持たせたエピックナイロンのシリーズ、ウィリス&ガイガーのブッシュポプリン製サファリジャケット……AMVARたちの雨の日のスタイル
80年代リバイバルのアルマーニのスーツ、春の曇天にはぴったりな“グレージュ”、そしてデニム。AMVERたちが手にした春のセットアップ。