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馴染みのバー寝酒 BAR

ビームスが90年代の前半から取り組んでいたものに「英国のビスポーク(注文服)文化を紹介する」というものがありました。ありました、という言い方になってしまうのは2016年をもってそれは一旦終了してしまったからです。シューメイカーの George Clevery とテイラーの Fallan&Hervey のカップリングツアー形式で、半年に一度ビームス店内でオーダーを受ける、というこのイベント。オーダーを受けた半年後に仮縫いのフィッティング、さらに半年後に仕上がったものをお渡しするといった具合です。銀座や丸の内の店舗を経て最後の5年間は原宿のインターナショナルギャラリー ビームスが会場になっていたので、お店を代表して僕がお手伝いをさせてもらっていました。お手伝いといっても貧しい英語力しか持ち合わせていない僕は先輩スタッフの接客をサポートをしたり、お客様とテイラーの会話を横で聞きながらオーダーフォームに決定した仕様を書き込む( single bleasted,3buttons,halfmoon pocket,swelled edge …など)簡単な雑務を中心に担当していました。25年続いたこのイベントにおいて、最も重要なのはテイラー(or靴屋)と顧客様、そしてビームススタッフの信頼関係でしたから、例えば20年以上通われているお客様の接客においては僕のような(当時)30代半ばの青二才が入り込む余地はないわけです。まさに丁稚(でっち)のような気分でした。ちなみに他の担当者はみな50代のスタッフ、靴屋と仕立て屋は60代。僕はダントツの若造でしたが、会期中には毎晩彼らと一緒に食事をとる機会がありました。
原宿や渋谷、青山近辺で食事を済ませると、大体の場合 Fallan&Hervey のマスターテイラー、 Peter Hervey が「ナイトキャップに付き合ってよ」と言い出すので、タクシーに乗り二次会に流れます。ちなみにナイトキャップとは英国で言うところの「寝酒」。彼の常宿は帝国ホテルでしたから、二次会はホテル内の「オールドインペリアルバー」。他のバーへ行ったこともありましたが、 Peter に言わせるとやはりここが「最高」だそうです。確かにフランク・ロイド・ライト設計による帝国ホテル旧本館の面影を残した内装や、落ち着いた雰囲気・サービスは若造の僕にはちょっと勿体ないくらいでしたが、まぁ飲み終えた後にはエレベーターで自分の部屋に上がるだけですから、その気楽さも手伝って Peter のナイトキャップにはうってつけだったのでしょう。25年続いたビスポークのツアーも彼らが高齢になってきたことや後継ぎ問題が重なり2016年の2月をもって終了となりました。このイベントが四半世紀もの間続いたのは、ひとえに顧客様のおかげだろうということで最後の晩には帝国ホテルのパーティールームに長年の顧客様をお招きし、弊社社長の設楽以下、ビームスの関係スタッフとともに Peter を囲み25年間の思い出話に花を咲かせました。その晩の二次会もやはりオールドインペリアルバーへ。杯を重ね、最後は上機嫌に酔っていた Peter Hervey 。肩を組んで記念撮影した僕に「お前はいいヤツだな」と呟き、エレベーターで上階へと消えていきました。
その半年後、当時5歳の娘と二人きりで大阪へ旅した僕は帝国ホテル大阪に宿を取りました。「明日は太陽の塔を見に行こうね」などと話しながら部屋で娘を寝かしつけ、足音を消してこっそりと部屋を抜け出すと階下のバーへ。大阪のオールドインペリアルバーでひとり、 Peter のことを思い出しながらハイボールを軽く2~3杯飲みナイトキャップを済ませると、娘が目を覚ましていないかドキドキしながらエレベーターでふたたび上階へ。部屋のドアを開けると娘の寝息が聞こえます。少しホッとしながら「君はいい子だね」と寝ている娘の頭をそっと撫で、それから僕も眠ることにしました。