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プリンシプルを貫くスーツまわり道のスーツ

スーツ。まあ、なんとなく100年くらい前からザックリと今の様式(2or3ピース、上下共地)に落ち着いたアイテム。産業革命がきっかけかどうか、詳しくは知りませんが(当時を生きて自分の目で見たわけではないので)、マシンメイドの既製品が主流になっている21世紀現在。限りなく原型or自分自身に近づこうと思えばビスポーク、誂える(アツラエル)ということなります。ちなみにビスポークにおいて、スーツとは3ピースを意味し、2ピースは「 Jacket&Trousers 」と呼びます。
僕が初めてアツラエタのは10年前、ビームスで開催していた Fallan&Hervey のオーダー会でのこと。会場のビームスハウス丸の内に出かけ、緊張気味に採寸してもらったあの日。 Huntsman の流れを汲むマスターテイラーの Peter Hervey は、構築的なショルダーラインの1つボタンが得意だと聞いていたので「1B、ノッチドラペル、セミスラントポケット」あとはおまかせ、という、生地のチョイス以外はかなりザックリとしたオーダー内容。いや、初めてだから仕立て屋が得意な「ハウススタイル」に任せた方がよいだろう、ということでコマゴマとした指定(僕はあれこれ指定することがそもそも好きではない)をせずに、一見かなりのおじいちゃんに見える初対面のイギリス人に全てを委ねたのである。
半年後の仮縫いを経て、果たして一年後に出来上がってきた茶色い Jacket&Trousers は「思ったよりもシェイプがキツい」他、色々と気になる点が…。中でも気になるのは「袖丈が短い」。すごく短い気がする。鏡の前の目分量で2cm位。それでも頭を巡るのは「自分は素人、相手はプロ」というベリー日本人的な自信の無さ、弱腰のマインド。こういうスタイルなのかもしれないし、とポジティブに諦めて「ベリー、ナイス」とか言って受け取るプリンシプルのない日本人。
その後、袖の短さがずっと気になっていたので数年後に思いきって聞いてみた。「 Peter 、この袖短くない?」 Peter は僕の袖を一瞥すると、かすれた声で一言。
「 short 」
ほらー、短いと思ってたんだよねー!ずっと。昔から社内に残る「ビスポークの心得」的な資料にもあったな。「ビスポークとはクラシックスタイルではなくクラシックである」「ビスポークを身につけた人間はエレガントでなくてはならない」などの言葉に並んで「ビスポークは完璧ではない」と。完璧ではないんですよ、高いからといって。人間だもの。人間だから。そりゃそうだ、オーダーする時にテイラーとロクにコミュニケーションを取らなかったのだから。1着ウン十万。これを勉強代として、次に活かすのだ。と、一念発起。その後に誂えたブレザーやスポーツコートは中々の出来に満足している。回を重ねるごとに成長するもんですね。オンラインでポチッとやれば服が手に入る現代において、コミュニケーション無しには何も手に入らないビスポーク。相手を知り、自分を知らないとなかなか進展しない、まわり道のスーツ。
結局、1インチ袖丈を長く直した僕のスーツは裏地が足りなくてツギハギになっているけど、これはこれで「まわり道の軌跡」みたいで、なかなか気に入っているのである。でもね、 Peter 、僕がオーダーしたのは1B。このスーツはフロントボタンが2つ付いているんだよね…。