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冬を彩る帽子下手ウマ CAP

「洋服屋」という実に珍奇な生き物。生態を知れば知るほど、やはりこの人種はどこか偏っていると思わざるをえません。服を売ることを生業(なりわい)にしているだけあって、当然のように服を大量に所有しています。仕事道具として必要にかられて買う、というよりも服が好きで夢中で買っていたら増えた、こんなに増えちゃったことだし、ほかにやることもないし、ここはひとつ服屋にでもなりますか、といった具合。偏っているのは「量」だけではありません。「質」もです。質、と言ったのは値段とかクオリティとかそういった意味ではなく「素材感」です。例えばスーツ。普通の人にとって最も汎用性が高いのは、 Loro Piana の「 Four Seasons 」のように Super 120~130s位の糸で織られた適度な光沢感としなやかさを併せ持つ素材。一年を通して着やすいし、どのようなシーンにもある程度フィットします。ところが、洋服屋。ビジネスでスーツを着るというよりも、彼らの場合ビジネス自体がファッションだったりするので「利便性」よりも「嗜好性」を優先する傾向にあります。結果、年中着られる「合い着(あいぎ)」というものをあまり買わずに、季節感や素材感が強いものを選びがちです。勿論、普通のものを持たない訳にはいかないので、フォーマル寄りのシーンでも使えるような素材感に主張の少ないダークスーツは必ず持っていますが、普段はあまり着たがらない。なんとなく、ツルッとしていて服心をくすぐられないのでしょうか。大量に服を持っていながら、その内容は(デニムやスウェットなど一部の例外を除いて)英国ツイードやメルトンのようなヘビーウェイトなものと、麻やシルクのような軽いものとに激しく二極化していたりします。更にはコーデュロイやフランネルを早く着たいものだから、まだ残暑が厳しいうちから「早く寒くならないかなぁ」などと考えながら空を眺めてみたり、もはや脱社会的とも言える行動に耽っていたりします。
ということで、秋冬の帽子。例えばベースボールキャップをかぶるにしても、普通のコットンツイルだと物足りない。というか野球部。で、もう少し質感や季節感が欲しい。個人的にここ数年でいくつも購入しているのがオーストリアの Muhlbauer (ミュールバウアー)のもの。10年前はビームスでもメンズを取り扱っていましたが、いまはウィメンズのみの展開。仕方なく本国のオンラインストアから通販しています。昨年買ったローデンクロスのキャップも気に入っていますが、今シーズン入手したのは太畝コーデュロイ素材で耳当て付きのもの。被り口が浅くバランスが取りやすく、グレーという色目もアーバン感高め。ちなみにここの帽子、製品に手書きのサインが入ったタグが付いていて、つまり「私が作りました」という印なんですね。農家の人達が両手にトマトを持って最高の笑顔で写っている写真を妄想してしまうような、そんな素朴さも Muhlbauer の魅力。
ここの帽子をよ~く見てみるとツバのカットが左右ビミョーに非対称だったり、ステッチが所々曲がっていたりと随所に見られる手作り感。日本メイドの緻密さとはまた違う、愛嬌や哀愁(?)を感じることができます。よく言えば「味わい」、虫食いの跡がある無農薬野菜のようなイメージでしょうか。
この Muhlbauer という帽子屋の歴史は非常に古く、なんと1903年創業!10年近く前にウィーンを旅行した際に市内中心部にあるショップに立ち寄ってみたことがあります。老舗のクラフト感とファンタジックなファッション性に溢れた非常に面白いお店でした。パリやミラノのモード観とは一味違った「下手ウマ」的ローカリズムはグロバリゼーションにさらわれてしまいそうな今のファッションに良い意味で違和感を持ち込んでくれそうです。帽子と一緒に届いたポストカードから伝わってくる、このとぼけたナンセンスムード。ヨーロッパやニューヨークのように耳がちぎれ飛ぶような寒さがやってくるわけでもない東京の冬に、この耳当て付きの間抜けなキャップを被る僕のナンセンスな脳ミソ。やっぱり、実用性よりも気分で服を選んでしまうんです。