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STORY

三味一体?

ある日、ブラブラと神保町を訪れた僕は老舗の喫茶店「ラドリオ」へ吸い込まれた。


注文したのは、この店が日本で初めて出したというウィンナーコーヒー。山盛りのホイップクリームを小さじですくいながらコーヒーを飲んでみたところ、見た目の重たさとは裏腹に軽い味わい。クリームが甘すぎないこと、あとはコーヒー自体の味に酸味が際立っているからだろう。甘味、苦味、酸味が三位一体(さんみいったい)ならぬ三味一体のバランスを見事にキープしている。浅草の老舗喫茶店アンヂェラスの名物「梅ダッチコーヒー」=コーヒーの梅酒割り(青梅入り)も三味のバランスが良く取れた傑作。ウィンナーコーヒーと言えば、昔ウィーンを訪れた際にも飲んだが、その時に評判の良いレストランで食べたウィーナーシュニッツェル。子牛の肉をハンマーで叩き薄く伸ばし、小麦粉とパン粉をつけラードやバターで揚げ焼きにする。薄手のトンカツみたいなルックスだが、味付けは強めの塩・コショウだけというシンプルなもの。これにレモンをギュッと絞って食べる。塩気、香ばしさ、レモンの爽やかさがやはり三味一体。これも旨かった。

この日、神保町を訪れる前に地下鉄の駅前で食べた立ち食いそば。もずくそばの上に紅しょうが天をトッピング。甘めのツユ、紅しょうがの辛味&酸味でこれもまた三味一体。さて、このロジックを無理矢理ファッションに置き換えてみると…。

女子の間で頻出する「甘辛ミックス」という手法。簡単に言えば「花柄のワンピースにレザーライダース」とか「MA-1にチュールのスカート」とか、そんな感じ。甘&辛に若い女の子の爽やかさが加わり、難なく三味一体。街中に溢れかえっている。これがオジサンの場合。流石にソコソコ長いこと服屋を続けていると、洋服の酸いも甘いもそれなりに分かってくるので、アイテム自体のテーストを見誤ることはあまりナイ。肝心なのは自分の味。本人は「まだ大丈夫」と思っていても、加齢とともに自分の認識よりもずっと「香ばしく」なっていたり「アクが強く」なっていたりするもの。年々変化するこのポイントに目を凝らしていないと「焦げ付いたしょうが焼きみたいに甘味/辛味を打ち消してしまうほどに強い苦味」=「食えたモンじゃない」になってしまう。一昨年と同じものが今年も必ず似合うと思うなよ、ということ。笑うな、若人よ。チミたちにも必ずやってくるのだよ。老い。


ちなみに神保町へ出かけたこの日、最大の難所は紅しょうが天そばでもウィンナーコーヒーでもなかった。古本屋の帰り道、板橋区の某駅前で立ち寄った焼きとん屋。テッポウとチレが乗ったウサギ柄のプラスチック皿。顔の上にブタの臓物を乗せられタレと肉汁にまみれた可愛いウサちゃんはかなり高度な甘辛ミックス。この「汚れた兎テースト」を受けて三味一体とするにはバーボンをロックでやりながらゴロワーズでもバカバカ吸うしかない感じだったが、この後保育園へ息子を迎えに行くことを考えたら「親・子・保育園」の三味一体を乱さないことを最上とし、グイと背筋を伸ばしてハイボール2杯に留めておいた。
Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。