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STORY

拾いもの

「…まぁ、その件に関してはいずれ…」「そうっすね…あれっ?ちょっと待ってください。なんだこれ?使ってないのかな?」
ミーティングを終えて、部屋から出てきた僕は上司の言葉を遮りながらドアの横に雑然と打ち捨てられているオブジェクトの一部に引き寄せられた。その物体は今は使われていないらしいアクリル製の半身人体だった。無色透明のマッチョボディを見ながら僕の頭の中にはある考えが浮かんでいた。

「これにRAF SIMONSのシースルーシャツを着せつけて、今度のウインドウディスプレイに使おう」


僕はかれこれ13~4年の間、原宿にあるショップのディスプレイ(店内マネキンのコーディネートや什器レイアウト、店外のショーウインドウの飾り付けなど)を担当している。長年やっていると、ノウハウも身に付くのだが「ネタ切れ」にもなる。マンネリのまま業務的に内容を変えたこともあるのだが、やっぱり自分のなかで不満が残る。せっかくなら「おっ!」と思われるものを作りたい。ので、かれこれ10年以上もの間、日常的に「ネタ」を探しているのだ。見つけたときは「しめた!」と思う。アクリル製の半身人体を発見したときは、店内に陳列されている透け透けのシャツが即座に思い浮かんだ。より透け透けにするために、ウインドウの足元には鏡を数枚設置して光の反射を狙った。


とはいえディスプレイのネタ、なんてそうそう落ちているものではない。ギャラリーの作品から、美術館の什器レイアウトから、レコードのジャケットから、読んでいる本のストーリーから、写真の構図から…拾おうとする。この前も銀座CHANELのネクサスホールで写真展を観賞中、壁に貼り付けられた展示タイトルのアクリル板を凝視、携帯カメラで撮るなどしていたら、一緒に来ていた友人に「よくソコに気がついた。でもそれ(材質)、高いんだよ」と言われた。彼はH社のショーウインドウを作る仕事をしていた。アイデアというものは探そうと思っても見つけることは出来ず、むしろふとした日常の瞬間に拾うことが多い。


スウェーデン在住パリ発の新進デザイナーズブランド、NAMACHEKOのウインドウを作るアイデアはパリで閃いた。同ブランドの展示会を1月に現地で見ていた僕は会場となったオスカー・ニーマイヤー建築に魅了されていた。パリの共産党本部にもなっているこの建物の地下会議室の天井から漏れる光を見て「これをなんとかディスプレイ化したい」と思っていた僕の脳裏をよぎったのは〝店舗で使用している安い梱包材〟だった。いわゆる、プチプチ。


結果として、かなりの低予算でニーマイヤー建築を再現できた(ような気になれた)。材料費が安かったりタダだったりすると自己満足度がグッとアガる。以前に自宅の壁の話でも書いたように、僕は道に落ちているものをなにかと拾ってきがちである。


「探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で」とはよく言ったもので。リアリティに縛られた現代社会において、せめて洋服屋のショーウインドウくらいは「夢の中へ行ってみたい」と思わせてもいいんじゃないか、なんて信じながら今日も僕は探している。
Satoshi Tsuruta

NEJI Organizer鶴田 啓

1978年生まれ。熊本県出身。10歳の頃に初めて買ったLevi'sをきっかけにしてファッションに興味を持ち始める。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻に興味を持てず、アルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを本格的に決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆などを16年間にわたり手がける。2021年、22年間勤めたビームスを退社。2023年フリーランスとして独立、企画室「NEJI」の主宰として執筆や商品企画、スタイリング/ディレクション、コピーライティングなど多岐にわたる活動を続けている。同年、自身によるブランド「DEAD KENNEDYS CLOTHING」を始動。また、クラウドファンディングで展開するファッションプロジェクト「27」ではコンセプトブックのライティングを担当し、森山大道やサラ・ムーンら世界的アーティストの作品にテキストを加えている。