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STORY

逆転の構図

大江戸線で六本木に向かう途中、ボーッとしていたら誤って青山一丁目で降りてしまった。あぁしくじった、と思いながらふと顔を上げたら壁に貼られた写真展の広告が目に飛び込んできた。


4年前に日比谷図書文化館で催されたこの写真家の展示は今も強く印象に残っている。作家が文士と呼ばれていた時代に銀座のバー「ルパン」に集う無頼派作家たちと出会い、戦後日本の文学を担う彼らの肖像を撮り続けた写真家・林忠彦(1918~1990)。被写体は川端康成、司馬遼太郎、井伏鱒二、三島由紀夫をはじめとする、力強く個性的な顔をした文士らおよそ100人。彼らの作品に触れたことはあっても、彼らの素顔にはあまり馴染みがなかったせいか、この写真展で目にした作家たちの強烈な個性にシビれ、余韻に浸りながら雨の日比谷公園を後にした記憶が鮮明に残っている。

2014年の展示「日本の作家109人の顔」のフライヤー。どれも格好よかったので会場でまとめて頂いてきた。

中でも僕の心を強く捕らえたのは今回の展示の広告にも使われている太宰治の肖像。「ルパン」のカウンターでハイスツールの上に膝を抱えて座り込み、不思議な笑みを浮かべている。フランネル素材の3ピースを着ているが(上着はどこかで脱ぎ捨てたのか)上半身はベストにネクタイ、袖を捲り上げた白シャツ姿。ズボンのポケットには読みかけの雑誌が突っ込んであり、足元は履き古したスエードの8インチブーツ。それまで、彼の肖像といえば「いまにも入水してしまいそうなほど虚ろな目をして頬杖をついた」ものであったため(これほどリラックスした表情の太宰を見て)僕は驚いた。

解説によると、この写真は「おい、俺も撮れよ。織田作(織田作之助)ばっかり撮ってないで、俺も撮れよ。」と林に話しかけてきた太宰を、かろうじて1個だけ残っていたフラッシュバルブを使って撮ったものらしい。ワイドレンズがなく引きがないので(被写体との距離をとるために)林は背後にあった便所のドアを開け、便器にまたがりながら撮影したという。この写真の格好よさは何も太宰の身なりや表情だけによるものではない。僕は写真に関してはズブの素人なので、あまり偉そうなことは言えないが「上半分に太宰、下半分が(スツールを含む)余白」という、この構図。狭苦しいカウンターの片隅がなんだか「広く」見えるのだ。


「距離が足りなければドアを開けて後ろに下がればいい」し「狭ければ上半分に詰めこんだ方が逆に広い」というこの写真は、まるで孫子の兵法のようであり、もはや情報戦線と化した現代社会で如何に楽しんで生きるか?という問いに対しての答えでもある。さらに付け加えると、この写真。実は太宰の右に坂口安吾(の後ろ姿)も写っていたらしい。元々縦長ではなかった写真をトリミングして(安吾を切り落として)この構図に落ち着いたそうだ。つまり「捨てることで生み出す」とも言える。まるで禅問答のようだが、僕にはそう思えて仕方がない。「最近のファッションはつまらない」なんて声を聞くことも(職業柄)よくあるけれど、必要なのは新しいトレンドではなく発想の転換なのだと思っているし、これは自戒の念を込めて書いている。
Satoshi Tsuruta

International Gallery BEAMS Staff鶴田 啓

熊本県出身。1978年生まれ。1996年、大学進学を機に上京するも、法学部政治学科という専攻にまったく興味を持てず、飲食店でアルバイトをしながら洋服を買い漁る日々を過ごす。20歳の時に某セレクトショップでアルバイトを始め、洋服屋になることを決意。2000年、大学卒業後にビームス入社。新宿・ビームスジャパンのデザイナーズブランドを中心に扱うメンズフロア(当時)に配属となる。2004年、原宿・インターナショナルギャラリー ビームスへ異動し現在に至る。アシスタントショップマネージャーとして店舗運営にまつわる全てのことに従事しながら、商品企画、バイイングの一部補佐、VMD、イベント企画、オフィシャルサイトのブログ執筆まで手がける。ワードローブのモットーは「ビスポークのスーツからボロボロのジーンズまで」。趣味は音楽・映画・美術鑑賞、旅行、落語、酒場放浪、料理、服。二児の父。